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山口謠司 訳注『書経 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典』(抄訳)を読んだ。書経では、王の徳が非常に重視される。王は精神的に中庸を維持するのが難しからか…。国の支配のはじまりについて考察するのがおもしろかった。 (JRF 5840)

JRF 2022年3月18日 (金)

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JRF2022/3/184639

四書五経のうちの一つ『書経』。『尚書』とも呼ばれる。秦の焚書坑儒などで何度か失われ、全篇については偽書の疑いのある部分もあるとか。

ただ、中国の基本的な古典であるはずなのに、なぜか、『書経』に関する本は少なかった。以前、Amazon で検索しても値段が高い本しか出てこず、「秘伝」のような扱いなのではないかと私は疑っていた。それが最近検索をかけるとこの本が見つかったしだい。抄訳だが買って読んでみることにした。

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『書経』は、伝説的な堯・舜・禹からはじめて、他に参照されることが多い本。そこでは、王の徳が非常に重視される。王は精神的に中庸を維持するのが難しく、それがもっとも必要とされたということだろうか。

いつものごとく引用しながらコメントしていく。

国の支配のはじまりについて考察することが多くなったが、それが私にはおもしろかった。

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……。

>禹はすでに述べたように舜から帝位を譲られますが、禹の事跡に「治水」と「交易」があったことがここで明らかにされるのです。<(p.54, 解説)

「交易」のためには道を整備し、盗賊を退治しないといけない。道は水路でもよく、そこは「治水」にも重なるか。通貨も必要だろうが、それも禹の業績なのだろうか。

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……。

>羲氏と和氏は、尭帝の頃から、天文を観察し、暦を作る役職を担っていました。ところが、彼らは酒に溺れて職務を放棄していたのです。<(p.76, 解説)

なぜ、天文を司る者が、酒に溺れたとされねばならなかったか。

日食が予言されないことも罪とされているようだが、おそらく、日食に大きな意味をかつては見出していたが、それがなくなり、その必要性が疑問視されていたという背景があるのではないか。

JRF2022/3/180941

暦は農作業の時期の確定に重要であるが、それは治水が大事な古代においては、農作業だけでなく、治水のためなどの労役のためにも必要なものであったと思われる。

↓で、災害の被害状況から、労働などについて>それぞれの金銭価値が逆に決まってくる<…と書いたが、暦を扱う計算の役所は、労役なども含めた物の貨幣価値を決める役所でもあったのではないか。

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JRF2022/3/184640

酒の存在は穀物が大量にあまっていることも意味しよう。農作業がうまくいき、治水もうまくいっていたものと思われ、余った労働力で何をするかが問われていたのだと思われる。

酒に溺れるというのは、祭を増やそうとしたのだろうか。宗教的なものに人を集めよう…と。しかし、それは日食が観測できないのとは、結果が反する。日食はむしろ祭の絶好の理由となるからだ。

JRF2022/3/189300

だから、むしろ、祭を増やし過ぎているところに、兵を増やそうという一派があって、彼らが宗教を攻撃した結果、日食の観測についてサボタージュが起こった…ということではないか。

おそらく「祭の増やし過ぎ」は格差社会でもあったのだろう。人口が増え、上に上がるチャンスが多い兵役を望むものも増えていたのかもしれない。盗賊も増えていたかもしれず、そうすると交易の条件が悪化していたのかもしれない。それが祭を増やせる状況でもなくしたのだろう。都市近辺の兵に生産物を多く回せば、農村が疲弊し子供が少なくなる…という循環もあったのかも。

JRF2022/3/189611

……。

>啓迪 -- 教え導くこと。「啓発」と同じ。<(p.111, 語句解説)

北海道大学の寮も「けいてき寮」だったな…と字を調べると、「恵迪寮」だった。実はこの字も『書経』からで、p.34 の>迪[みち]に恵[したが]えば吉、逆に従えば凶<から取っているらしい。

JRF2022/3/186064

……。

>遷都とは倒れた木から新しい芽を出させるようなものなのです。<(p.134, 訳)

鉄道会社が駅を作るところの周りの土地を買って儲ける…みたいな話が、遷都にはあったであろう。貴族が不動産売買で儲けるようになっていて、それが目にあまる…という事情があったのではないか。

>たとえば、天が、殷に対して大きな災害を降された時には、先王たちは、それまで住み慣れた土地をきっぱり捨ててこられたことは皆もよく知っていることでしょう。<(p.139, 訳)

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ここでの災害は、疫病などだろう。ただ、「不衛生」ならば、どこも結局は同じで、設計の問題ではあるが、遷都するという話にはならないのではないか。もしかすると、栄養…農地の地力の問題ではないか。都市近辺では、商品作物ばかりが作られ、新鮮な肉や野菜が手に入りにくかったり、肥料を人糞に頼ることで寄生虫の害が多くなってきたということではないか。放牧との組み合わせなどが、試みられていたのでは?

>皆に咎めることがあって、それを罰するために遷都しようというのではありません。<(p.139, 訳)

JRF2022/3/188886

これは先の貴族の不動産売買のようなことが実はあったことの裏返しの表現ではないか。それを責めるつもりはない…遷都すればいいだけだから…または、王自身が似たようなことをするから…ということか。

p.104 の伊尹が太甲に新しい場所で喪に服させたのは、太甲のかつての仲間貴族が不動産をどう扱うか見せるという側面もあったのかもしれない。

JRF2022/3/180105

……。

>ところで、説という人が傅巌の原野で土木工事をしていました。この人は、その絵にそっくりでした。そこで傅説という名前になったこの人は、宰相となったのです。<(p.153, 訳)

[cocolog:93348917] で『楚辞』を読んだとき、次のように書いた。

JRF2022/3/182624


伊尹は殷の湯王に「奴隷」として最初仕えたという。(p.241, 天問 注 など)

これは『創世記』ではヨハネの物語を思い出す。

下々から登用するといっても、奴隷から登用するとまでなると、誰がどうやってそれほど多数の者の中から選んでくるかという問題が出てくる。

例えば、蠱毒のように競わせて…とすると、それで出てきた者が、戦士にならいいかもしれないが、支配層には不必要な・ふさわしくない資質を持つことになるだろう。

JRF2022/3/181249

そうでないとすると、くじのようなもので選んで試すということになるだろうか。そういえば、ヨハネは夢占いによって、のし上がったのだった。占いを人事評価に組み入れるという発想がそこにはあるのかもしれない。そして、それへの批判的視線があるのだろう。

それと同時に厳密な能力主義の不可能性への認識があるのかもしれない。「くじ」を使うほうが平等だという認識もあったのかもしれない。

JRF2022/3/188111

傅説もヨハネと同じく夢のお告げが関係している。おそらくそこには占いの組織があったのであろう。これはゲーム『ダンガンロンパ』に関して語ったことがある。

JRF2022/3/189973

[cocolog:74607467]

他の占術家がどうかは知らないが、ただ、当たる占いというのはどうもそういう要素を含むようである。「そういう要素」というと語弊があるが、つまり、事前に調べもするし、事後の操作もするのである。しかし、一人の客にそんな時間や費用をかけるわけにはいかないし、失敗や他の者の操作とかちあうこともありうる。偶然当たった部分は、うまく言って取り入れもするのは当然として、他の占術家や権力者との兼ね合いも見るのである。他の占術家や権力者と兼ね合うためには、心理操作しすぎて新興宗教みたいになってしまってもいけないのだ。

JRF2022/3/181420

この時代、占いの組織は、宗教組織である以上に、諜報機関であったのかもしれない。それが選び出した人をうまくつかうということだったのではないか。

そして、占い機関が腐敗しないための、何がしかの機構があったのだろう。占いが外れたときの粛清…それを避けるための統計の充実だろうか。亀卜等が操作できたと最近、Twitter で見たが、占いは操作できたとしても、有能・無能の運は統計が取れただろうから、それを数える官がいたのではないか。暦と占いが同じところが扱うというのは日本でもよくある。計算の官があったのだろう。上の羲氏と和氏の鎮圧は、粛清の前例となっていたか。

JRF2022/3/188343

……。

>ちなみに、論理学で使われたドイツ語の「Kategorie (カテゴリー)」を日本語で「範疇」とするのは、「洪範」の九つに、世界のすべての現象が分類されるからです。<(p.175, 解説)

数学で、Category といえば「圏論」だが、「範疇」とも言うか。そんな由来があったんだね。

JRF2022/3/186409

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