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大角修 訳『維摩経・勝鬘経 全文現代語訳』を読んだ。仏教用語が頻出する難しい本だが、聖徳太子に続く大乗仏教の日本では、この本を何度も読むことで救われる人がいるだろうな…と思った。 (JRF 1686)

JRF 2022年12月17日 (土)

『全文現代語訳 維摩経・勝鬘経』(大角 修 訳, 角川ソフィア文庫, 2022年3月)
https://www.amazon.co.jp/dp/4044006997
https://7net.omni7.jp/detail/1107271044

聖徳太子の『三経義疏』 の抜粋が載っているのが、この本の良いところ。

JRF2022/12/175028

大角修氏の訳のお経の本は、この他、『大日経・金剛頂経』([cocolog:93896796])、『善財童子の旅』([cocolog:93335769])、『法華経』([cocolog:92105472])、『浄土三部経』([cocolog:92083486]) を読んでいる。

今回の本は、そのときどきに意味を載せてくれているものの仏教用語が頻出する難しい本だが、聖徳太子に続く大乗仏教の日本では、この本を何度も読むことで救われる人がいるだろうな…と思った。

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この本(特に維摩経)で説くところの大乗仏教においては、戒などにこだわらず何でもやっていいということではあるのだろう。それが人を救う大乗の菩薩行の一環であるのならば。というか、何でも菩薩行の一環となっているということでもあるだろう。

その考え方は過去のオウム真理教のテロのように危険はあるのだが、一方で別に善としてすべきことは説いており、そこでバランスは取れるのかもしれない。何より、そうであったとしても、その考え方は危険に身を投じている人にとって最後の救いとなりうるところに、善さがあるのだろうとも思う。

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……。

『大日経・金剛頂経』([cocolog:93896796])と同じく解説がおもしろく参考になる。

>序列において、在家の女性はさとりからもっとも遠い位置に置かれた。ところが勝鬘経のシュリーマーラーは、ブッダと同等の智慧をもつ者としてあつかわれているのである。<(p.11)

とはいうものの、勝鬘経は女性の救いと説いたようなお経ではない。

仏教には変成男子の教えがある。女性は男性に転生してからでないと、さとれないという教え。

JRF2022/12/172579

「変成男子」について、私は、[cocolog:90395921] で愛川純子『セクシィ仏教2』を読みながら、ある種の予定説をもたらすものとして擁護している。その後断続的に何度か言及している。

keyword: 変成男子

JRF2022/12/179181

[cocolog:90395921]
>まず、「悟り」というものが早く得られることが良いこととは必ずしも言えないのではないかというところをスタートとする。(…)女性は、今生で成仏が決まらないのは、来世で成仏できるほどの因縁を積むその忍耐力が期待されてもいるからではないか。その残りの生で菩薩のように周りに良い影響を与えることができると考える(…。)

JRF2022/12/179499

(…)

今生で女性が成仏に近付くことによって、次に転生してきた男性・または(成仏はもっと先でも良いとして)もう一度女性として転生することを選んだ女性が、人間の世界においeて善行を積める。そういう男女はある意味成仏に選ばれている・予定されている。

JRF2022/12/175997

[cocolog:92137624]
>人は種として生きつづけなければならないというのも、釈尊が生を択んだところから導かれる。そのためには子を残していかないといけない。そして子を産めば愛着をもって育てることが求められる。

JRF2022/12/172150

男性の場合、代わりがいくらでもいるので、精を残さないことは普通、執着がないことになり善いこととできる。しかし、女性の場合、一人一人が子を産むのが基本となる。子を産まない女性がいることを認めるとしても、普通、子を産むのは善いとせざるを得ない。そして、その子に執着することが求められるから、執着をなくせとはなかなか言えない。男は戦争で亡くなったとでも思えば、出家しても問題はないが、女性はそうではない(なかった)。

JRF2022/12/172682

そして、執着をなくすのがブッダになる道と説く以上、女性がブッダになることが善いことと説けない。(男性も在家として子を育て執着する必要があればブッダになれとは言えない。)だから、善さを貫徹するためには、変成男子の教えが必要になる。…という理論はどうだろう?

JRF2022/12/172227

[cocolog:93335769]
>「変成男子」も一見女性差別だが、それを無かったことにするのではなく、別の意味を付けて忘れず、しかし実質で差別しないようにしていくことのほうが、良い廻向になるのではないだろうか。<

今回の維摩経ではこの世界…娑婆世界…も清浄な仏国土だという話と、なのに苦しみが多いのは、それを救うことで菩薩が、まぁ、修行できるからだという話が出てくる。菩薩はあえてこの娑婆世界を選んで産まれてくるのだと。

JRF2022/12/174575

同様に女性も一生を救いや修行(苦しみ)に費やすために、あえて女性として産まれてきている者も多いのかもしれない。

JRF2022/12/179209

>この世界はサハー(娑婆)とよばれる釈迦如来の国土である。ところが娑婆世界には多くの苦しみがあり、耐え忍ばねばならないことから忍土ともいう。阿弥陀如来の極楽や阿閦如来の妙喜世界は幸福の国なのに、なぜ娑婆世界はそうではないのか。

JRF2022/12/172739

この疑問については維摩経の第一章「仏国品」で、バラモンの大神ブラフマー(梵天)がシャーリプトラ比丘に「あなたは尊者でありながら心に高低があって平らではなく、仏の智慧に依らずにいるゆえ、この国土が不浄に見えるにすぎない。菩薩の道においては一切衆生が皆ことごとく平等であり、その深心[じんしん]において清浄である。仏の智慧に依るなら、この仏土は清浄であることがよく見えるであろう」と告げる。
<(p.16)

JRF2022/12/176732

……。

>維摩経と勝鬘経は、徹底して在家信徒の優位を説く。(…三経義疏の残りの一つ…)法華経もまた在家主義の強い経典である。そこに「聖徳太子の求めておられるもの」があったのだろうし、日本の仏教の出発点で設置された方向性があった。

(…)

そして聖徳太子は釈迦が出家して修行したのに対し、生涯、在家のままであった。
<(p.32)

在家主義が日本仏教の特徴の一つとも言えるんだね。私が在家で満足しているのはどうもその影響を受けてそうだ。

JRF2022/12/179362

……。

>(…禅の…)公案という言葉は「公府の案牘[あんとく]」の略で、厳格な役所の文書をさす(…。)<(p.149)

これははじめて知った。「公案」は「公案」でしかないと思っていた。

JRF2022/12/179114

……。

菩薩の在り方の一つには…

>世間の衆道の法(世にはびこる種々の異教)に悉く入門し、もって人の惑いを解き、邪見に堕としめず。<(p.196)

私は、「イエス・キリストの復活を信じる仏教徒みたいなもの・シンクレティスト」であると書いてきた([cocolog:93763227])が、逆にその意図を隠してキリスト教に「入門」するのは、それはそれでキリスト教に対し失礼だと思う。あくまで外からうかがうのみ。まぁ、仏教に対してもそんな感じだが。

JRF2022/12/178894

……。

>(…人を大事にする日本仏教…)そこには「根っからの悪人はいない」とか「どんな人にも仏心[ほとけごころ]がある」というような性善説がある。その「仏心」は、だれの心にもあると説かれている維摩経の「仏種」、勝鬘経の「如来蔵」、大乗涅槃経の「仏性」が日常語になったものにほかならない。<(p.408)

この辺、最近の私の考え方は…

[cocolog:93870385]・[cocolog:93763227]
>人がなすのはすべて偽善で、ただ神がそれを見て善しとされる<。

JRF2022/12/179325

[cocolog:93225056]
>自らの中には、進化を経て得てきた「悪しきもの」もあるはずである。ただ、それはある時代には必要だったもので、その意味では善で清いものだ。実はそれは外の世界にある「悪しきもの」も同じかもしれない。<

JRF2022/12/173776

つまり、誰かから見て善悪、自分の今の状態からみての善悪、…やるべきだという should …相対的善悪(?)はあるが、絶対的善悪をいおうとすると、それは神にでも求めるしかない。そして、足りない「善」でも、神は恩寵によって善としてくれることが多い…と私はしたい。それは「根っからの悪人はいない」に通ずるだろう。進化の過程である時代には善性であったものが、人々に悪に捉えられることもある。それは善とされる余地はあるし、そもそも善とか悪とかの即断を超えたところにあるだろう。…と私は思う。

JRF2022/12/175541

……。

ところで、勝鬘経の「如来蔵」。私はよくわからなかった。煩悩との関係が結局どうなのかよくわからなかった。

JRF2022/12/177103

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