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cocolog:95328455

エリック・H・クライン『B.C. 1177』を読んだ。ヨーロッパ人たる「海の民」がエジプトを襲ったのが B.C.1177年である。欧中(欧亜)の接近があるかもと疑う私には、十字軍的策謀が、この歴史的事実を動員してまたなされるのでは…とキモを冷やした。 (JRF 1258)

JRF 2025年3月17日 (月)

『B.C. 1177 - 古代グローバル文明の崩壊』(エリック・H・クライン 著, 安原 和見 訳, 筑摩書房, 2018年1月)
https://www.amazon.co.jp/dp/4480858164
https://7net.omni7.jp/detail/1106841528

原著は Eric H. Cline『1177 BC』(2014)。

JRF2025/3/174459

Twitter (X) というか Togetter (posfie) で最近話題になっていたのでこの本の存在を知った。

《前12世紀に突如現れ、青銅器時代文明を徹底的に破壊し、暗黒時代と共に闇に消えた「海の民」。この人類史最大の謎を最新の考古学が解き明かす「B.C.1177」 - posfie》
https://posfie.com/@taimport/p/S5Z6QaC

JRF2025/3/179353

歴史のどの時代のどこが好きかというのは人によってまちまちだと思うが、私は、特にフェニキア史に萌えポイントがある。そんな私が「海の民」と聴いてまっさきに思い浮かべたのが、フェニキア人のことなのだが、どうもそうではないらしい。B.C.1177年と言えば、時代的にはすでにフェニキア人の時代に入っていると思われるのに。そこに関心を持っった。

JRF2025/3/170224

本を読むと、これはエーゲ海からシチリアなどまで含む「ヨーロッパ人」達が「海の民」としてエジプトなどを襲ったという記録があるとのことだった。そしてそのB.C.1177年付近で、中東全体に大きなカタストロフィがあるとのこと。そこを境に後期青銅器時代が終わり、鉄器時代に入る。

《鉄器時代 - Wikipedia》
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%89%84%E5%99%A8%E6%99%82%E4%BB%A3

JRF2025/3/172276

>最初の鉄器文化は紀元前15世紀ごろにあらわれたヒッタイトとされている。ヒッタイトの存在したアナトリア高原においては鉄鉱石からの製鉄法がすでに開発されていたが、ヒッタイトは紀元前1400年ごろに炭を使って鉄を鍛造することによって鋼を開発し[1]、鉄を主力とした最初の文化を作り上げた。ヒッタイトはその高度な製鉄技術を強力な武器にし、オリエントの強国としてエジプトなどと対峙する大国となった。その鉄の製法は国家機密として厳重に秘匿されており、周辺民族に伝わる事が無かった。

JRF2025/3/172101

しかし前1200年のカタストロフが起き、ヒッタイトが紀元前1190年頃に海の民の襲撃により滅亡するとその製鉄の秘密は周辺民族に知れ渡る事になり、エジプト・メソポタミア地方で鉄器時代が始まる事になる。カタストロフによってオリエントの主要勢力はほぼ滅亡するが、その後勃興した、あるいは生き残った諸国はすべて鉄器製造技術を備えていた。

JRF2025/3/172460

同様のことはエーゲ海地方においても起きた。紀元前1200年ごろにギリシアの北方から製鉄技術を持つドーリア人が侵入し、ミケーネ文明の諸都市やその構成員であったアイオリス人やイオニア人を駆逐しながらギリシアへと定住した。この時代は文字による資料が失われていることから暗黒時代と呼ばれるが、一方でアイオリス人やイオニア人を含む全ギリシアに鉄器製造技術が伝播したのもこの時代のことである。<


ただし、この本ではヒッタイトが海の民によって滅ぼされたかどうかは議論があるとしているようだ。

JRF2025/3/178720

後期青銅器時代は、貨幣がないが王達の(朝貢?)貿易がありそれが「グローバル経済」を作っていたという。青銅の材料の錫は巨大な産地であるアフガニスタンあたりからエーゲ海にまで届いていた。それが鉄の登場で市場が維持できなくなったのが、「カタストロフ」の大きな要因ではないかと私は思うのだが、この本では、地震や旱魃なども含む複合的原因というか「複雑系」的原因を挙げて、鉄の登場に重きを置かない。鉄の登場からしばらく(何百年も)青銅器文明は続いていたことを重く見ているのかもしれない。

JRF2025/3/171966

「ヨーロッパ人」が中東に行ったということからは、十字軍も想起される。[cocolog:95313478](2025年3月) では欧中 vs 米露という構図を論じたが、欧州のアジア寄りの関心が、また、これからの時代出てくるかもしれないという点では、微妙なニュアンスのある話である。イスラエルとの絡みで出てくるガザ。そのパレスチナの元であるペリシテ人がエーゲ海文明の末裔かもしれないという記述にも、ハッとさせられる。この本は、ある種の歴史による煽動にも使われうると感じた。

JRF2025/3/177382

また、この本は、微妙に反グローバル主義的結論に傾いているのも気になる。グローバル化による複雑系が、もろいという話が出てくる。この本はそこからすぐに反グローバル主義に傾くわけではないのだが、トランプさんをはじめ現実が反グローバル主義に傾いており、そこは不気味に思った。

JRF2025/3/173207

……。

ちなみに私のフェニキア萌えは、↓に所収の『水竜狩り』という短篇小説に結実している。

『エアロダイバー 他五篇』(JRF 著, JRF電版, 2016年3月)
https://www.amazon.co.jp/dp/B01CEE9CW6
https://bookwalker.jp/ded1d33e07-44c3-45e8-99df-e1fd06916827/
https://j-rockford.booth.pm/items/6376720

JRF2025/3/176218

また、古代史全体への関心が、この3月11日に発売となった↓にもつながっているといえよう。

『宗教学雑考集 - 易理・始源論・神義論』(JRF 著, JRF電版, 2024年1月 第0.8版・2025年3月 第1.0版)
https://www.amazon.co.jp/dp/B0DS8DRZH9 (紙の本・4400円)
https://www.amazon.co.jp/dp/B0DS54K2ZT (電子書籍・700円)

JRF2025/3/172447

https://bookwalker.jp/de319f05c6-3292-4c46-99e7-1e8e42269b60/ (電子書籍・700円)
https://j-rockford.booth.pm/items/5358889 (NonDRM版EPUB・PDF・900円)

JRF2025/3/175979

……。

では、いつも通り引用しながらコメントしていく。気になった部分はいつもほど多くはない。

JRF2025/3/173888

……。

>本書で考察するのは、グローバル化された世界システムだ。複数の文明のすべてが相互に影響しあい、少なくとも一部は依存しあっているというシステムである。歴史を眺めても、このようなグローバル化された世界システムの例はきわめて少ない。最もわかりやすい例が、ひとつは後期青銅器時代にあったそれであり、もうひとつは今日のそれだ。そしてこの両者には、ときに目をみはるほどの相似点 -- 共通点というほうがいいかもしれない -- がある。

JRF2025/3/176994

ひとつだけ例をあげると、英国の学者キャロル・ベルは先ごろこんなことを言っている。「LBA [Late Bronze Age: 後期青銅器時代]における錫の戦略的重要性は、今日の原油のそれとさほど変わらなかっただろう」。当時、錫を大量に産出するのは、アフガニスタンのバダフシャン地方にある特定の鉱山のみで、そこからはるばる陸路でメソポタミア(現イラク)やシリア北部まで運ばれ、さらに北、南、西に送られて、一部は海を越えてエーゲ海地域にも渡っていた。
<(p.009-010)

上で挙げたアフガニスタンの錫に関する記述である。

JRF2025/3/173452

……。

エジプトのメルエンプタハ王の碑文(前1207年)では…

>メルエンプタハが勝利を主張しているのはまちがいない。なぜなら、殺され、囚われた敵の戦闘員について、その人数のほかに「手」の数も記載されているからだ。死んだ敵兵の手を切断して証拠として持ち帰るのは、当時の一般的な慣習だった。<(p.024)

私の小説『水竜狩り』では、登場人物の手が吹き飛ぶ。それはこういう意味があったのか。もちろん、こういう意味は知らなかったので偶然だが。(^^;

でも、私のはじめての小説。偶然というかシンクロニシティみたいなものはよく感じるな…。

JRF2025/3/174422

……。

エジプトのハトシェプスト女王は男性として君臨もした。

>じつに興味をそそられる女王だが、彼女は平和的な通商遠征隊を送ったことでも知られる。フェニキア(現レバノン)には材木を求めて、また銅やトルコ石を求めてシナイ半島にも遠征隊を送っているが、最も有名なのは、治世第9年にプントの地へ送った使節団であり、その記録はデイル・エル・バハリの壁に刻まれている。<(p.051-052)

フェニキアが出てきたのはここで最初。なぜなのか? この当時(後期青銅器時代)にはまだフェニキアは十分な力を持ってなかったということなのか…。

JRF2025/3/179238

Gemini さんによると…。

Gemini:>
● 「海の民」の侵攻によって、それまで強大な力を持っていたヒッタイトやエジプトなどの国々が衰退し、フェニキア人が地中海貿易において重要な役割を担うようになったと考えられます。
● 「海の民」の侵攻後、フェニキア人の都市は、難民を受け入れつつ拡大し、西方へ進出していきました。
● 「海の民」がカナン人と合体して吸収され、フェニキア人となった姿だったと考えられる説もあります。

JRF2025/3/179426

……。

「アジア」の語源となった「アッシュワ」で前1430年ごろ反乱があり、ヒッタイトがそれを鎮圧した。それは前1250年から前1175年の間のトロイア戦争の前のミュケナイ人=ギリシア人が関連していた戦いと言えるようだ。トロイア戦争を描く『イリアス』だが…。

>『イリアス』にはさらに、アキレウス、アガメムノン、ヘレネ、ヘクトルの時代より先に、というよりプリアモスの父ラオメドンの時代に、ギリシアの英雄ヘラクレスがトロイアを略奪したという記述がある。しかも、それに6隻の船しか必要としなかったというのだ(『イリアス』第五歌、638〜42行)。

JRF2025/3/170476

(…)

べつのところでも述べたが、小アジア本土で戦ったアカイア戦士に関するホメロス以前の伝承について、これに関連する歴史的事実を探えば、まっさきに候補にあがるのは前1430年ごろのアッシュワの乱だろう。トロイア戦争前の小アジア北西部における最大の軍事的事件であり、先に述べたヒッタイトの書簡 KUB XXVI 91 のような文献資料を通じて、ミュケナイ人(アッヒヤワ人)が結びつく可能性のある数少ない事件でもあるからだ。
<(p.071-072)

ヘラクレスにも歴史的裏付けがあるのかもしれない…というのは興味深い。

JRF2025/3/177203

……。

>聖書の記述によると、とあるエジプトのファラオの治世に、イスラエル人はモーセに導かれて奴隷の身分を脱した。数世紀間エジプトで自由民として暮らしていたが、そのころには奴隷とされていたというのである。『出エジプト記』によれば、ヤコブ(聖書に出てくる族長のひとり)が生きていた時代、おそらく前17世紀ごろに初めて移住してから、イスラエル人はエジプトに400年間住みついていた。これがほんとうなら、ヒュクソス時代にエジプトにやって来て、アマルナ時代もふくめ、後期青銅器時代の最盛期をエジプトで過ごしたことになる。

JRF2025/3/175547

1987年、フランスのエジプト学者アラン・ジヴィが、アペル・エルというセム語系の名をもつ男の墓を発見した。前14世紀、アメンホテプ三世とアクエンアテンに宰相(最高位の役人)として仕えたという。
<(p.144)

年代が合うかはわからないが、ヨセフ伝説の元となる人物はいたのであろう。

JRF2025/3/173435

>聖書の記述からすると、出エジプトは前1450年ごろになる(…)。ソロモン王がエルサレムに神殿を建てる(これは前970年ごろ)480年ほどの前のこと、と列王記上(6:1)にはっきり書いてある。

(…)

(…しかし…)前15世紀にも前14世紀にも、カナン地域にヘブライ人またはイスラエル人がいたという痕跡がまったくない。

JRF2025/3/177837

(…)

したがって、ほとんどの俗世の考古学者は、出エジプトの年代として前1250年のほうがふさわしいと考える。(…それはラムセス二世の治世となる。…)
<(p.146-147)

少し前に B.U.シッパー『古代イスラエル史』を読んだ([cocolog:95147227])が、そこではソロモン王自体がいろいろ怪しく、人によっては実在も疑われるとのことだった。ダビデ王はいたらしいが、聖書にあるような権勢ではなかっただろう…と。

クラインの記述はそれよりは、夢のある・ロマンのある記述にしているように思う。

JRF2025/3/177038

……。

前12世紀ごろの「海の民」によると見られていた破壊のうち、大火災が大きな特徴のものがいくつかあるようだ。例えばピュロスの例。

>シンシナティ大学のジャック・デイヴィス(アテネ・アメリカンスクール古典学研究所のもと所長)はのちにこう述べている。「主要な建物はすさまじい燃えかたをしており、文書保管室の線文字Bの粘土板が燃えあがっているほどで、貯蔵室の一部では壷が溶けているところさえある」<(p.199)

現代なら核兵器を想像するところだが…。

鉄器の探求には、高温の探求もあっただろう。そこで生み出された新兵器でもあったか。火炎瓶的なものだろうか?

JRF2025/3/171839

……。

>テルアヴィヴ大学のイタマー・シンガーの考えでは、前13世紀の末から前12世紀の初めにかけての飢饉は未曾有の規模で、たんに小アジアだけでなくはるかに広い地域が影響を受けたのは確実である。<(p.220)

気候変動。鉄の(実験の)ための木の切り過ぎとかではないのだろうか?

ヨセフ伝説では、7年の飢饉が出てくるが、その話の元ネタ的なものはそこかしこにあったのかもしれない。

JRF2025/3/172376

ちなみに Gemini さんによると…。

Gemini:>森林の減少は、土壌の保水能力を低下させ、干ばつを引き起こしやすくします。しかし、前12世紀頃は、まだ鉄器生産が本格化する前であり、森林伐採が大規模な飢饉の主要な原因であったとは考えにくいです。<

JRF2025/3/179207

……。

>「ペリシテ人の集落」とされる生活面のある遺跡、たとえばアシュドッド、アシュケロン、ガザ、エクロンその他も含めて -- では、劣化したエーゲ海様式の土器などの文化的指標が発見されている。<(p.239)

ペリシテ人の成立には、「海の民」の侵略というよりも難民かもしれないが移住による文化融合があったという説をクラインは採るようだ。ただ、その上で、あの聖書の「ペリシテ人」が元はヨーロッパ起源である…というのは、イスラエルとガザの現代の戦争を考えるのに私に新たな思考軸をもたらすものだ。

JRF2025/3/173013

……。

>興味深いことに、フェニキアと呼ばれるようになった地域(現代のレバノンにある)には、そのような(…文化融合的…)遺跡も、またそのような(…侵略の…)破壊の形跡もまるで存在しないようだ。専門家の議論にもかかわらず、なぜそうなのかはまだわかっていない。あるいは、近東の他の沿岸地域にくらべてここではあまり発掘がおこなわれていないので、そのせいでそう思えるだけなのだろうか。<(p.240)

JRF2025/3/176181

エーゲ海には地震の被害が頻発していた。そこから「海の民」がやってきた。ただ、これをトロイア戦争の女性の誘拐などの記述と合わせると、借金のカタに女性が連れて来られ、それを取り戻しに、侵略があった…女性がらみというよりも借金がらみで侵略(踏み倒し)が起こったのでは…と私は想像する。金満国家とおぼしいフェニキアは、女性売買による取り立てを行わなかったのか、むしろ援助をしていたのか、それとも、フェニキア自身、現代日本のように借金まみれだったのか…。

JRF2025/3/176258

Gemini さんによると…。

Gemini:>フェニキアの都市は、高度な防衛システムを備えていた可能性があります。

(…)

フェニキア人は、地中海世界を股にかける交易によって、広範な情報ネットワークを持っていました。彼らは、他地域の情勢をいち早く察知し、危機を回避するための対策を講じることができた可能性があります。

JRF2025/3/171945

……。

>とくに重要なのは、後期青銅器時代のエーゲ海・東地中海地域の王国、帝国、そして社会は、それぞれ別個の社会政治システムとみなすことができるということだ。ダークが言うように、「複雑な社会政治システムは、その内的なダイナミズムによってさらに複雑さを増す方向に進む。……複雑になればなるほど、システムは崩壊する危険が大きくなる。」<(p.255)

JRF2025/3/172923

>グローバル化・国際化が進み、政治的・経済的に高度に相互依存の進んだ現代世界は、その複雑さのゆえに本質的に不安定化しやすく、さまざまな悪条件が重なった結果として「パーフェクト・ストーム」の起こる危険性が以前から指摘されている。本書は、そんな現代的な問題意識をもって、史上初のグローバル文明の崩壊について考察した重要な著作であり、発表と同時に広く注目を集め、考古学や古代史の分野にとどまらず各方面から高く評価されている。<(p.273, 訳者あとがき)

JRF2025/3/177874

これは現代グローバリズムへの警告なのだろう。上で書いたが、現代は、だからグローバリズムをやめるという方向に向かっているようでもあり、それはグローバル時代のあとに来るとされる分裂の時代を予期するものでもあるかもしれず、しかし、グローバル化の利益がなくなるため、貧しい時代になるのかもしれない。AI がとんでもなく発展すれば、また別の目があるのかもしれないが。

JRF2025/3/173213

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