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finalvent『新しい「古典」を読む 1』を読んだ。finalvent さんが読書遍歴を紹介する本。多読家で精読家の氏のようなマネは私には無理なので、その読書をマネることはできないが、興味深く読んだ。 (JRF 1892)

JRF 2025年7月19日 (土)

『新しい「古典」を読む 1』(finalvent 著, BANDIT, 2025年7月)
https://www.amazon.co.jp/dp/B0FFTNZCFN

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finalvent さんは知識人を親戚か何かのような近さで語る。同じ東京に住む者としての強調なども読み取れる。しかしそれは自分が知識人だと自慢したいわけではなく、そこにつらなるものとしての責任を引き受けてるということだろう。この点は、文学者など遠くにいる者で、「エスタブリッシュメント」の「陰謀」に近い者と考えがちな私からは異質に感じた。

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……。

村上春樹の読解というよりも「謎解き」は読みごたえがあった。小説「なんか」なんとなく読んでしまう私はそれに驚いた。

村上春樹が芥川賞を受けなかったことに話が及んだ時、今年、直木賞や芥川賞が「該当者なし」だったのが、今年『宗教学雑考集』を出した私が実は評価されているからだという妄想に取りつかれた。もちろん、それは妄想に過ぎず、今年の該当者なしはおそらく AI 生成とのからみであろうということは理解しているのだが。私の場合「文学」でないからまだいいが、地場の「文学者」の中には妄想に苦しんでる者もそれなりにいるのではないか。

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一箇所だけ引用しておこう。後の時代にバトンを渡そうとするものとしての述懐がある。ここがこの本の特徴的な部分というわけではないが、ここだけは引用しておくべきだ・引用しておいてよいと思った。

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>(…五木寛之…)『風に吹かれて』は、ある時代の何気ない風俗的なスケッチのようにも読める。そのように読んでもよい。だが、その情感のなかで、戦争というものが人間に与えた悲劇の感触を知る。感触とは身体の痛みであり、癒されることを求める魂の傷である。イデオロギーではない。知識ではない。「赤線、売血、引き揚げ」の感触を知らないなら、戦争も戦争の意味もわかりはしないし、それを否定しようと逆走したもう一極の若者・石原慎太郎の老いた妄執もわからない。<(p.154)

JRF2025/7/199103

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keyword: finalvent

ちなみに、私は内田樹さんと finalvent さんをネットにおける師みたいに見てる者です。(^^; 遠く及ばないという意味においても。

JRF2025/7/194428

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