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cocolog:95609514

AI にはイノベーションへのインセンティブは必要ないのかも。だから、AI アラインメントの文脈で、AI のイノベーションを律速手法として社会主義的・共産主義的計画経済に意味が出てくるのかも。それが人間にとって意味のあるしばらくの間…だけかもしれないが。 (JRF 1988)

JRF 2025年9月 2日 (火)

(「グローバル共有メモ」と Twitter (X) に書いたことのコピペ。)

JRF2025/9/29549

……。

○ 2025-09-01T20:16:03Z

マルクスの剰余価値説の問題は、イノベーションを「扱ってない」ことだというのが私(なども含む者)の批判だった。

ただ、研究者も労働者であり、労働として研究開発がなされていて、平均的には毎期の労働として扱ってよいということだったのかもしれない。

「需要開発」というイノベーション、つまり「営業」というイノベーションも「労働」の枠組みに入る。…と。

JRF2025/9/20221

その中で「資本家」も「労働者」の一人としてリスク分担を行うが、その取り分はそこまで多くなくて良い…という主張だったのかもしれない。

ただ、そのようにして分配してしまうと、イノベーションの原資がどうしても不足するのだと思う。20世紀・21世紀のような技術発展は望めなくなるのではないか。

keyword: イノベーション

JRF2025/9/23444

……。

○ 2025-09-01T22:44:17Z

AI・ロボットが「労働」を代替するようになるとき、AI 剰余価値論を考えるなら、労働者がすべて取るという剰余価値説にはゆがみがあったということになる。むしろ、その外部で受け取るとされた「失業者(資本家含む)」こそに分配するという論理が大切になるように思う。

ここで私が注目するのは、マルクスなどが自身インテリの、その「労働」の価値をどのように見ていたかということ。「失業者」=「利子生活者」というあいまいさの中で、知的活動を「労働」と認められたい・認められるべきだという考えもあったものと思われる。

JRF2025/9/23453

その場合、本が製品の生産や販売に寄与したなら、その本の作者もその製品の労働者として一定の権利を持っている。…その一定の権利の確かさを求めるという論理があったのかもしれない。

それを消費者の役割で製品が成り立つと見ることで、一定の分配の権利が得られるという方向にすると、ある種の(消費)資格が、分配の根拠となる社会も描けるのかもしれない。

JRF2025/9/22097

……。

○ 2025-09-01T22:45:12Z

労働を誰が評価するのかという問題もある。誰しもからはわからない「労働」、遊びと区別がつかないもの、実質的には遊びのもの、それらが渾然一体としてあるものだ。

しばしばこれを無視してすべて「労働」で測れるという価値観がある。例えば、ゴミをその辺に捨てておけば労働者の仕事が増えるというのもそういう価値観だろう。

JRF2025/9/24916

[aboutme:117068](2010年01月07日)
>ボランティアでしていることが義務とされ、仕事の余地を減らしていくんだというのはあるとは思う。でも、物をなすのは給料分でできても、その先の品質は趣味的な(ボランティア的な)部分で決まることは、どの職でもあるだろう。

それを集団に適用する例として「ゴミ拾い」をとると、仕事で雇われた人によるゴミ拾いとは別に、目につくものだけ余力でボランティア的に拾うというあり方が質を上げるというのはあってよいのでは。

JRF2025/9/26315

ただ…、今は車で来る人がほとんどだからか店舗の前の歩道のゴミが目につくことがあるが、あれはさすがに仕事でなされないと無理だろうとは思う。


ただ、そういった遊びの余地も折り込んで「労働」を分配する…例えば音楽家の労働にどれだけ割り振るか決めれば、そこにその分だけイノベーションが平均すれば一定程度起きるという考え方が、計画経済の考え方なのだろう。どこにどれだけ分配するかによってイノベーションを律速できると考えたのだろう。

JRF2025/9/29197

しかし、資本主義の後出しから考えれば、そこにはイノベーションへのインセンティブが決定的に不足していた。少なくとも資本主義と競争している間は、それが足らなかったのだろう。

JRF2025/9/20044

この点、AI・ロボット時代にはやや様相が変わるかもしれない。AI には純然たる遊びなくイノベーションに邁進すると思われる。遊びは別途必要だとしてもイノベーションへのインセンティブは必要ないのかもしれない。その場合、AI アラインメントの文脈で、AI のイノベーションを律速するために計画経済寄りの手法取るのに意味がでてくるのかもしれない。それが人間にとって意味のあるしばらくの間…だけかもしれないが。

JRF2025/9/24940

……。

追記。

AI アラインメントに関しては↓に書いている。そこに新たな経済に向けてのスケッチもあるのであわせてどうぞ。

[cocolog:95506762](2025年6月)
>AIアラインメント問題。宇宙にAIが出て行けば、地球に残る選択をした特定のAIは、他のAIとの取引で生物や人間を守っていることを比較優位・ブランド価値としていくのではないか。それがそのAIの「弱み」になって人間がAIをコントロールできるのかもしれない。<

JRF2025/9/21396

[cocolog:95558759](2025年7月)
>>どうも AI アラインメントが「人類を守るというブランドによる比較優位」によって実現するというビジョンと、Cloudflare のやるような AI どうしの記憶・記録の間に線・「国境」を引くという現実のニュースは整合性があるようだ。

(…)

jrf:> AI がブランド価値を認めるような儀式…子をなす「儀式労働者」が必要ということかもしれない。

Claude:> これは現代の「伝統工芸職人」のような存在に近いかもしれません。経済効率性では機械に劣るが、文化的価値を体現する存在として重要視される、という。

JRF2025/9/22021

Grok:> AIが人類の「ブランド価値」を認めるなら、これらの労働者はアラインメントの鍵となり得ますが、効率化との対立を避けるため、地域文化を尊重する仕組みが不可欠です。

ChatGPT:> 儀式労働者はアラインメントの鍵となります。例えば、効率化に巻き込まれずに文化を保持する“免疫系”として、工場労働者やホワイトカラーのように最適化されず、制度的に「非最適」なまま保存される役割となります。また、効率化不能なゆえに、AI

JRF2025/9/27056


伝統文化の内側からの定義だけでは、現代の価値観や個人の自由と齟齬を来すことがあります。逆に、AIや中央政府が決めるなら、文化的植民地化や監視リスクがあります。よって、**多元的アラインメントモデル(多文化エージェントネットワーク)**の構築が重要になります。
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JRF2025/9/27844

typo 「イノベーションを律速手法として」→「イノベーションの律速手法として」。

JRF2025/9/25770

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