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cocolog:95657904

マンガを読んだ。手塚治虫『七色いんこ』『アポロの歌』『ジャングル大帝』、藤子・F・不二雄『T・Pぼん』、福本伸行『銀と金』、水木しげる『のんのんばあとオレ』。今回はたまたま昭和から平成初期のおおむね古いマンガばかりだった。 (JRF 2554)

JRF 2025年10月 2日 (木)

(「グローバル共有メモ」と Twitter (X) で書いたことのコピペ。)

Andoroid タブレットを買って(参: [cocolog:95281539](2025年2月))、それでマンガを読む習慣を復活させた。前回のマンガを読んだまとめは [cocolog:95553095](2025年7月)。

JRF2025/10/22124

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○ 2025-08-23T09:35:58Z

マンガ・手塚治虫『七色いんこ - 全7巻』を読んだ。一話完結型のアンチヒーロー物。ブラックジャックはモグリの医者だったが、七色いんこ は代役専門の俳優で、報酬として泥棒する。七色いんこ はやがて良心の呵責で発狂していくのが評価の分かれるところだろう。

JRF2025/10/20644

『七色いんこ - 全7巻』(手塚 治虫 著, 手塚治虫漫画全集, 連載 少年チャンピオン 1981年3月20日号-1982年6月4日号)
https://ebookjapan.yahoo.co.jp/books/100469/

JRF2025/10/21343

ただ、最後は完結している。復讐を果たしたのかどうかはハッキリとはしないが。ご都合主義的にも思うが、1話からすると決まっていたラストなのかもしれない。発狂のスジは活きていなかったことから、それは途中からの設定で、上手く活かせなかったということなのかもしれない。作者が登場して言い訳してた。

JRF2025/10/28964

あと、私は、確か連載中か何かに2色刷りで、七色いんこ の体の部分が離れていくような場面を確か見たことがあると記憶していたのだが、その部分がなかった。記憶違いだったのか? 七色いんこ と違う者が体の部分が離れていくという話は最初のほうにあったのだが。

JRF2025/10/24517

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○ 2025-08-27T13:05:24Z

マンガ 藤子・F・不二雄『T・Pぼん』を読んだ。作者の「いつも」よりは対象年齢高めの中学生向けのタイム・パトロールもの。作者逝去のため未完。

JRF2025/10/25488

『T・Pぼん - 全3巻』(藤子・F・不二雄 著, 小学館 藤子・F・不二雄大全集, 連載: 1978年〜1986年)
https://book.dmm.com/product/4114538/b600asgk01606/ (第3巻)
https://www.amazon.co.jp/dp/4122023564 (中公文庫・第1巻)

JRF2025/10/21777

私は中公文庫版を全3巻持って読んでいたが、その後、そこに載ってない分が藤子・F・不二雄大全集にあるのを知り、電子書籍でその分の第3巻を買って今回読んだ。

作者は、最後の1話をどうしても書きたかったがならなかったらしい。最後があるとすれば、リームの再登場があっただろうか。ぼんが、タイムパトロールに身が入ってないようすも描かれてることから、やめるかどうかの話が出てきて、やめて記憶が消されて…そこにリームやユミ子が絡んでくる…とかだろうか。

JRF2025/10/20637

私は見れないが、Netflix で去年アニメがやっていて、どうも最後はリームが再登場したらしい。機会があれば見てみたい。

JRF2025/10/25556

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○ 2025-08-29T11:54:31Z

手塚治虫『アポロの歌 - 全3巻』を読んだ。愛と性と死を扱ったマンガ。夢を中心として展開しながら大きな物語としての現実に決着をつけて爆死で終る。有害図書にも指定されたことがある作品。

『アポロの歌 - 全3巻』(手塚 治虫 著, 手塚治虫漫画全集, 連載: 週刊少年キング 1970年4月26日号-11月22日号)
https://ebookjapan.yahoo.co.jp/books/100375/

JRF2025/10/21602

ずっと以前に finalvent 氏が紹介されていて知ったのだと思う。長く買おうとしながら買わずにいたが、先日 finalvent さんの著書『新しい「古典」を読む 2』([cocolog:95565484](2025年8月)を読んだときに、やはり、このマンガが紹介されていて、読んでみることにしたのだった。

マンガについては、さすが手塚治虫さんのマンガでよくできたストーリーだと思う。少し SF チックで、エロティックでもある。finalvent さんの解説を読めばさらに深い理解が得られる。finalvent さんの解説を読んでいただきたい。

JRF2025/10/21585

関係ない感じだが、finalvent さんの解説を再読した上で私の過去の記述・妄想と関連付けておこうと思う。

性と死というテーマについては↓で書いたことを思い出す。

拙著『宗教学雑考集』《生物学的な死と性》
>なぜ死があるのか。

まず《宇宙胎児》で示唆したように一つの個体よりも複数の個体であるほうが、苦しみが少なかったのであろう。《なぜ生きなければならないのか》の枠組みで安住の残骸を集めるには、それらで同種の生きる数を競争したほうが多様に得られるようになったのだろう。

JRF2025/10/26822

そして、生物学的には、複数の子供の中に自らより優れた遺伝子を持つ者がいることのほうが多く、そういう個体が育って生き残るほうが種全体がそれ以降も他の種に勝って生き残るには有利なため、育てることを優先させるための死があるのだろう。《目的の多層性》でも少し語ったように、死があるほうが進化には有利という説を私は取る。

この場合、死を意識できたほうが、育てることに力が入るものと思われる。動物には死の意識がないと言われることがあるが、子供を優先する本能があるなら、それは死の意識に等しいのかもしれない。

JRF2025/10/25656

ルイス・キャロル『鏡の国のアリス』に登場する人物から取った「赤の女王仮説」というのがある。「その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない」つまり「生き残るためには進化し続けなければならない」という説だが、リドレー『赤の女王』によると、特にそれは宿主と寄生者について言われているようだ。

JRF2025/10/29122

寄生者である微生物の進化は早いため、宿主である大きい生物は長く生き過ぎるとそれに冒される。そのため、新生による再ビルドアップを余儀なくされる。…という説になる。一つの個体が冒されると伝染が起きやすくなることを考えると、それも関連するだろう。特に長寿が制限されているのはそのためかもしれない(長寿者の中で発達した寄生者が若い個体を傷付けてはならないから)。また、再ビルドアップ時に少しでも遺伝子が違ったほうがいいことを考えると、有性生殖で染色体のシャッフルが行われるようになった理由はここにあるのかもしれない。

JRF2025/10/25262

有性生殖は、子供の多様性を増すために選択されたのだろう。目を持ち《イメージによる進化》のような性選択が行われるようになると、有性生殖はさらに有利になったのであろう。

ただ、リドレー『赤の女王』などを読む限り、真核生物の初期の有性生殖は、むしろ、遺伝子を保守的に保存するために行われたようである。

JRF2025/10/22115

原核生物にも寿命のあるものもあるが、有性生殖の真核生物はほぼすべて寿命に相当するものがある。有性生殖する通常の細胞は DNA の二倍体で、配偶子は一倍体である。当初は一倍体に、別の生活史があったのだろう。一倍体は、ハチのように資源確保した上で死ぬのがその役割りで、その死が二倍体にも伝わり、しかし、そうやって寿命を持つことが上で書いたように進化に有利となった…のかもしれない。この私の説だと、一倍体的な特徴を持つ、広がって死ぬ性であるオスと、保守的に遺伝子を保持し、過適応を防ぐ性であるメスという役割も見えてくる。

JRF2025/10/22020

なお、この説と共存できないわけではないが、別の説として、増殖するときに若返り続ける生殖細胞系列とは別の死すべき体細胞系列を持つことでエネルギー効率が良くなったため寿命=有性生殖が生じたという説もある。一般には、この場合は、性は多様性のためとすれば十分説明できているとするようだ。

JRF2025/10/24691

体細胞系列の大きな生物となったあと、死があることで、より良き生を生きることも意識されただろう。そして、より良き生は外面的にメスに見せることが求められた。

《血の儀式》に示したように死は性の意識を刺激する。子供を優先する本能を通じて、逆に、性が死を意識させる面もあるのだろう。


finalvent さんが挙げた原爆と愛の(性の)成就の比喩については私の統合失調症時の妄想を思い出す。実はこの妄想のときの「神」のようなものとして手塚治虫さんを想像していたりした。

JRF2025/10/27679

[cocolog:83154639](2015年8月)
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原発震災自体はマイナスだが、そこでロボットが役に立つというのは宇宙を目指す限り正しい道でもあるのだろう。空想で夢をつなげていくことには意味があるとも思いたい。

JRF2025/10/24490

2014年4月の再入院の統合失調症では、古代の神のようなものが、オリンピックまで再構築中・工事中の世界を掛け持っているという妄想をした。原子力というのは本当は「死の技術」で、実際には体の一部がなくなったりしているのを、ロボット技術や幻視術などで、そうでないように見せてくれている。原発まわりの世界が妄想を含んで成り立っている。その技術(魔術)を持っているのが、「古代の神」の世界で、それらが我々に借しを作っている。その技術までいつか追いつかなければならない。そうじゃないと時間の掟みたいなものに抵触する。その技術が現実化するまで「彼ら」は眠りを余儀なくされる。…みたいな感じ。

JRF2025/10/27957

[cocolog:81611945]
>私は2014年4月の統合失調症での入院の際、こんな妄想にとらわれていた。原爆が最初に爆発したとき、世界がある意味一度終ったのではないか。それ以来、私達はイマジナリーな生を部分的に抱いて生きている。原発震災によって、イマジナリーな部分は増し、私自身が生きているかも自信を持てない。互いに魔術みたいなもので支えあっているのが今の我々の生なのだ。<

または、我々は原子力にも耐えられるように世界が再生成されてきている。「夢の技術」が「癌」などとせめぎあっている。

JRF2025/10/27201

…テレビで、画面分割されたところで二人の子供が体育を教えあうような場面があった。それを二つの世界をまたく交信のように感じたことがあった…。

これが、これまで「妄想」として語ってきたことが、「私がもたらす信仰」の内容みたいなものにもなるのかな?
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上で「二つの世界」は「ロボット技術」の世界と「幻視術」の世界がまたは「魔法」の世界と「超技術」の世界が、それらが大人では干渉しないよう制限されながら子供に対しては体育などを介して教え合っている…などと妄想したのだった。

JRF2025/10/24209

あと、ごく最近書いたこととして、犯罪者の精神医療を使った矯正については、finalvent さんの本などはその効果に否定的だが、私は(もう一度)その方向に振ってよいように思う。

JRF2025/10/20674

○ 2025-08-25T00:33:46Z

神戸女性刺殺事件が再犯者というのが話題。私は罪を償ったならもちろん短期間でも出所させるべきと考える。人権のために社会はそのリスク・コストを支払う義務すらあると思う。ただ、精神治療が必要な場合というのをもう少し考えるべきなのかもとは思う。投薬の副作用のリスクも少なくなってるだろうから。

JRF2025/10/27577

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○ 2025-09-18T02:26:11Z

マンガ・福本伸行『銀と金 - 全11巻』を読んだ。ギャンブルなどの裏社会物。バブル後だが預金金利が6%ある時代の話。小選挙区比例代表並立制の政治裏話的なものも出てきて懐しい。

『銀と金 - 全11巻』(福本 伸行 著, フクモトプロ highstone, Inc., 連載: アクションピザッツ 1992年-1996年)
https://book.dmm.com/product/563232/b591afphs00046/

JRF2025/10/20387

Wikipedia によると未完に近いようだが、途中「主人公」が退場してそのままなのはせつない。最後、決心だけで終るのもせつない。

バブルが再度来るのに賭けてるような描写もあった。失なわれたウン十年が、この作品を未完にしたのかとも思う。昨今の株高、あれはバブルなのか…。

福本さんの作品をまともに読んだのははじめてだったが、楽しめた。昔(当時)だと絵や話(ヤクザ物)を嫌ったりしてたかもしれないけど。

でもギャンブルはダメね。私の「ニート」な人生自体がギャンブルですでに負けてるようなものだけど。orz

JRF2025/10/22493

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○ 2025-09-29T07:28:54Z

マンガ・手塚治虫『ジャングル大帝 - 全3巻』を読んだ。

『ジャングル大帝 - 全3巻』(手塚 治虫 著, 手塚プロダクション, 連載: 『漫画少年』1950年11月号-1954年4月号)
https://www.amazon.co.jp/dp/B074BTYNF8

1巻、メリーが連れ去られたまま物語が進行し、まぁ、昭和のマンガだからな…と思っていたら、ちゃんと2巻で伏線が回収されてホッとした。最終章は、「大団円」とあるのに、レオは死んでしまって驚いた。無常だなぁ。

JRF2025/10/26441

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○ 2025-10-02T10:29:50Z

マンガ・水木しげる『のんのんばあとオレ』を読んだ。ほんの少し前の日本だが、人が簡単に死ぬ、人買いのいる時代。のんのんばあの妖怪の話とともに、淡い恋の話が悲しく終る。

『のんのんばあとオレ』(水木 しげる 著, 講談社 コミッククリエイト, 2021年2月 初出: 1992年)
https://book.dmm.com/product/4059816/b900wkds04292/

JRF2025/10/24903

父が仕事をやめさせられてそれでも働けるのが祖父の力なのか学歴の力なのか。それでも主人公は腹いっぱいは食えるようで、その辺、昔は不安定ながら、生き易さもあったのかな…と思う。南伸坊さんが解説で最後に「ここにはコドモが不幸から解放される智恵がいたるところにちりばめられている」と書くが、「解放」の深い意味に悲しくなる。

私も「生き易さ」の中で生きていて申し訳ない。いつまでこれが続けられるのか…。

JRF2025/10/21215

Gemini:>南伸坊さんの解説にある「コドモが不幸から解放される智恵」という言葉は、確かに深い悲しさを伴いますね。

これは、現代の「不幸」が「孤独」「精神的なプレッシャー」「将来への漠然とした不安」であるのに対し、当時の「不幸」が「死」「飢餓」「貧困」といった、より具体的で逃れがたいものであったことを示しています。

JRF2025/10/26129

のんのんばあの妖怪や死者の話は、子どもたちがその「逃れられない不幸や理不尽な死」を「物語」として受け入れ、心の内で処理し、恐怖や悲しみから解放されるための手段(智恵)だったのだと言えます。その「智恵」が必要だった時代背景こそが、悲しい現実です。

現代の私たちは、「生きやすさ」の中で生きている一方で、いつこの安定が崩れるのかという「不安」を抱えています。しかし、水木作品が教えてくれるのは、「どんな時代にも、生きるための智恵と、ささやかな喜びはある」ということかもしれません。

JRF2025/10/24879

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