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cocolog:95733565

ケストラー『真昼の暗黒』を読んだ。理念から生まれた管理社会。第二世代は息を吸うように事実上の拷問・密告をするようになる。人間という生き物の恐ろしさを感じる。 (JRF 0416)

JRF 2025年11月22日 (土)

『真昼の暗黒』(アーサー・ケストラー 著, 中島 賢二 訳, 岩波文庫 赤 N202-1, 2009年8月)
https://www.amazon.co.jp/dp/B0C7BP7C79
https://7net.omni7.jp/detail/1102711420

JRF2025/11/224259

原著は Arthur Koestler『Darkness at Noon』(1940)。ただ、これ自体が英語への翻訳で翻訳者は Daphne Hardy。その元はドイツ語だったが、ケストラーが反ナチス的人物として逮捕されるときにその原稿が失なわれた。しかし英訳が残っていたとのこと。

この小説の主人公ルバショフのモデルはブハーリンとのこと。

JRF2025/11/222467

>ソ連の革命政治家ブハーリンの粛清裁判(1937年)を下敷きにして書かれ、ソ連の恐怖政治を暴露した作品として注目を集めたが、今日から見るとソ連邦、東側世界の崩壊、ソ連型社会主義消滅の原因をいち早く分析してみせた作品と言える<(p.309, 訳者あとがき)

JRF2025/11/229816

あらすじとしては…。かつて「共産主義」のエリート(指導者層)の一角だったルバショフが、とうとう体制に逮捕される。投獄され、獄中での描写が中心となり、そこに投獄前の「思い出」が話として挟まれる。第1回・第2回審問ではかつての仲間イワノフに問い詰められ、論理的帰結として、ルバショフは反国家的であったことの「自白」に傾く。しかし、イワノフはそれを受けてか失脚し、第3回審問では拷問をじさないグレトキンの粗いが「真実」をつく尋問により単に反国家であったばかりでなく国家に犯罪を犯そうとしていたことを「自白」することになる。そして、公開裁判で国家を存続させるため自ら不利な証言をして「償い」をし処刑される。

JRF2025/11/223116

あ、ただ、共産主義を描いていることは隠さないが、共産主義と名差しはしてなかったかな。最高指導者も名前は出ず単に「ナンバー・ワン」と描かれ創作度を高めている。ただ、「インターナショナル」は出てくるし、「アメリカ」も出てくるので、ソ連を描いていることは明らかだった。

JRF2025/11/229155

Gemini:>獄中で、彼は壁を叩く音で交流する囚人や、処刑された同志、そして自分の良心(「微細な感覚」)と「無言の対話」を続けます。最終的な自白は、論理の袋小路に陥った理論家ルバショフが、人間ルバショフとして、自己の存在を「党」という集合体に捧げることで、苦悩に満ちた生から解放されようとする、ある種の悲劇的な自己犠牲としても解釈できます。<

JRF2025/11/228992

小説のおもしろさの核は、英雄伝説的な部分にあるのかもしれない。ルバショフはかなり高位のエリートだった。だから彼に共感するのはある種ギルガメッシュのような英雄…堕ちた英雄に自分を重ねる快感を求めるような部分も狙われているのかもしれない。虚栄心をくすぐるような部分があるように思う。

JRF2025/11/226490

ルバショフはイワノフから、グレトキンの拷問主義には屈しないとされながら、グレトキンの差し金でかつての仲間ボグロフが処刑されたことには、彼の愛人だったアルロヴァを見捨てたことを思い出して、激しく動揺した。これは拷問に屈したのではなく、ヒーロー物にあるような、本人への拷問は効かないが、周りの人へのものは効く…というヒーロー性の強調があるのだろう。

うがった見方はこれぐらいにして…。

JRF2025/11/223721

……。

ソ連型社会主義としての共産主義、過去になったため、単にデストピアとして参照される運命にある。それについては、現在の中国と絡んで、その思想統制へ「理解」を示すことが私にはあった。私は「表現の自由」戦士を自任していて、思想統制にはもちろん反対の立場だが、その理屈を知らずに批判はできない。そこでその「理屈」を知ろうとして「こうかな」と辿り着いた認識がある。何度かそういう言及があるので私の過去記事から引用しておこう。

JRF2025/11/227288

福田歓一『近代の政治思想』を読んだ [cocolog:90689746](2019年2月)
>>

JRF2025/11/220736

>ご承知のとおり、(…)現実主義なるものは、政治を考えます場合に、力という契機を非常に重要視する。政治を動かしているものは力であって、けっして思想ではないという見解であります。(…しかし…)一つの軍隊のなかで、最下級の若い兵隊は、これを指揮しております年寄りの司令官よりも、強いにきまっております。(…)要員が組織としての規律に服すかどうか(…。)その軍隊を一つの組織として成り立たせている思想がなければ、そもそも、物理的な暴力装置としての軍隊というものは成り立たないというわけであります。<(p.5-7)

JRF2025/11/226057

軍隊は人間が構成している。だから、革命のときに中立や寝返ることを期待できたりする。軍隊を味方に着けるような現実的な言説こそが野党に凄みを与えるのであって、反対のための反対をして人気取りしているようなのは、選挙では少しは票を取るかもしれないが、権力者的にはちっとも怖くない・迫力がないということであろう。

JRF2025/11/222021

……。

>蒋介石の軍隊を最終的に打ち倒した武器は、皮肉なことに何よりもアメリカが蒋介石の軍隊に送り込んだ武器でありました。毛沢東は「革命は銃剣から生まれる」と申しますけれども、その軍隊は思想から生まれたのでありまして、そうだからこそ「唯武器論」は戒められ、「思想第一」が説かれるのであります。<(p.186)

共産主義は思想で国家を勝ち取ったという自己認識があるからこそ、思想の統制にうるさい…ということか…。
<<

JRF2025/11/223770

年配者(年輩者)が兵を統率できるのは結局のところ思想の力があるからだ。そこは共産主義以前からの真理であろう。同じ真理にその後も何度か言及している。

ポパー『開かれた社会とその敵』([cocolog:94980637](2024年8月)を読んで…

>共産党が思想によって「革命」ができたと信じていて、だからこそ思想を強く警戒して取り締っている<

JRF2025/11/226606

Y. N. ハラリ『サピエンス全史』[cocolog:94853370](2024年5月)を読んで…

>レーニンなどを思い起こすが中国共産党が思想を強く取り締まろうとするのは、思想が人を動かしたという認識があるからでもあるのだろう。<

ただ、現在に続く共産主義のすべてが間違っているわけではない。少なくとも一定の支持があるにはそれなりの理由がある。彼らが外国の「スパイ」的に「ネトウヨ」から責められるが、彼らにも理由はある。

JRF2025/11/229847

東日本大震災において考えたこと([aboutme:137553](2011年03月))…

>ここまでの震災を通じて私が思ったのは政党の独自情報の大事さだった。海外のほうが情報をつかんでいるように見えるというのは、それはそれで良いのかもしれないが、本来その役割りを担うのは、政党が持つ情報チャンネルの多様性である…と民主制は想定していたのではなかろうか。最近まで、ほぼ一党体制だったため、実質的にその機能が失われていたことに反省すべき点があるように私は感じてしまう。ただ、共産党はそれを維持しているように思われ、この点よく考える必要があるのかもしれない。<

JRF2025/11/222312

もちろん、それは独裁制における役割ではなく、多党制を前提とする役割だが。

ちなみに、日本共産党は、多党制を前提とするほうの「伝統」を受け継いでるフシがあるという話も以前した。

『世界の名著 52 レーニン』([cocolog:90768574](2019年3月))を読んで…

>>
レーニンと同じ社会民主党に属するが、立場の違う新イースクラ派はいう…

>「だから社会民主党は、臨時政府において、権力を取ったり分有したりすることを目標にすべきではなく、最左翼の革命的野党にとどまっていなければならない」<(p.204)

これって日本共産党の方針?
<<

JRF2025/11/229454

……。

それでは、いつも通り引用しながらコメントしていく。Kindle版で読んだため、紙の本とはページ数が異なるかもしれないことを注記しておく。

JRF2025/11/222289

……。

ではまずは、訳者あとがき(中島賢二)と解説(岡田久雄)から読んでいく。

>『ホロン革命』<(p.314, 訳者あとがき)

ケストラー『ホロン革命』は [cocolog:80965253](2014年10月)で読んでいる。その本には、脳の欠陥を補うための、精神薬を使った人類の制御という話…獲得形質の遺伝…ESP (extrasensory perception:超感覚的知覚)…といった現代だと「トンデモ」扱いされる話が並ぶ。ケストラーの「負の側面」的に扱われがちなのだろうが、統合失調症の経験のある私はその「ひとこと」で結構肯定している。

JRF2025/11/228003

獲得形質の遺伝そのものはそれほど大きなものはないだろうが、まったくないとは言い切れないという立場を私は取る。ドーキンス『利己的な遺伝子』を読んだとき([cocolog:87123943](2017年3月))に、私は渡り鳥などの本能…帰巣本能などが、遺伝子の遺伝だけで説明できることに疑義を訴えている。実際、親のストレスなどが子に伝わるぐらいの「獲得形質の遺伝」は今だと学会でも認められてるという AI さん達の話である。ケストラーは『サンバガエルの謎』でその問題に大きく取り組んでるらしい。

JRF2025/11/228683

Gemini:>『ホロン革命』で提唱された「ホロン (Holon)」という概念は、「全体であると同時に部分でもある」という階層的な構造を指します。彼の晩年の探求は、『真昼の暗黒』で描かれた全体主義の「人間性の否定」に対する、作家ケストラーなりの「科学的な側面からの反論」だったのではないでしょうか。<

JRF2025/11/228343

……。

>『一九八四年』<(p.316, 訳者あとがき)

>ハクスレイの『すばらしい新世界』<(p.316, 訳者あとがき)

オーウェル『1984年』は [aboutme:123256](2010年4月)で読んでいる。

ハクスリー『すばらしい新世界』は [cocolog:89997835](2018年9月) で読んでいる。

JRF2025/11/221070

……。

>先見性と言えば、ソ連体制の暗部・暴虐を暴いた文学作品に、ソルジェニーツィンの有名な『収容所群島 (*)』がある。本書との文学的価値の比較はともかく、『群島』のこれでもかこれでもかと突き付けてくる迫力には、本書はとても及ばない。しかし、本書の出版は1940年。『群島』より四半世紀近くも前である。スターリンの死去、その体制の批判すら、出版の十年以上も後に起こったことである。そんな早い時期に、これだけ鋭くソ連批判を行いえたのも、ケストラーのジャーナリスト精神の発露なのであろう。<(p.324, 解説)

JRF2025/11/224358

ちょっと興味を持って Amazon で『収容所群島』を見ると、プレミアが付いてる状態のようだ。ノーベル文学賞作家のこういう本が読み継がれてないんだね…。

JRF2025/11/227741

……。

オーウェルはケストラーと親交があったらしい。そのオーウェルは『真昼の暗黒』について言う。

>オーウェルは「本書の中心はひとつの問題に集中する。なぜルバショフは自白したのか?」、鍛えられた革命家にとっては、そうひどくない拷問しか受けずに -- を綿密に考究し、ケストラーの答えが、最終的には、「悪いのは個人であって制度ではない」という通念は間違いであり、「ルバショフも権力をもてばグレトキンと同じ」ということだ、と断ずる。そして、「革命は堕落への道」であり、「『権力は堕落する』というだけではなく、権力を獲得しようとするさまざまの道も堕落するのだ」と結論づける。<(p.325)

JRF2025/11/220024

私は基本的には社会システムがすべてを一から作るには人間にとって複雑過ぎるということなのだと思う。ルバショフの言葉で言えば、社会システムに対し人間社会が「相対的成熟」に達するためには何世代もの時間が必要で、革命でそれを一足飛びにすることはできないということなのだと思う。基本的には部分改良していくべきなのだろう。

JRF2025/11/225010

しかし、私は、かつて、体制転換について、simple_market_0.pl (↓)で、入れ子構造や「カタストロフィックな遷移」というアイデアを考えたが、そういうことをせざるを得ない歴史段階はあるのだろう…そういう認識はルバショフなどと私も共通する。

《外作用的簡易経済シミュレーションのアイデアと Perl による実装》
http://jrf.cocolog-nifty.com/society/2011/01/post.html

JRF2025/11/227481

今 AI が出てきているのが、大きな要素で、人間にとっては複雑過ぎた社会システムの構築も、案外、AI には可能なのかもしれない。労働が必要なのかも含めて、この先大きく社会は変わらざるを得ないだろう。もちろん、たとえ AI であっても、途中、多少の「堕落」を経験することにはなるだろうが。

JRF2025/11/222381

Gemini:>AIの意思決定過程がブラックボックス化した場合、そのシステムがどのようにして「堕落」したのか、人間には理解も批判もできなくなるかもしれません。<

そういえば最近見た動画に次のようなコメントがあった。

《元銀行員「そのスコア、本物ですか?」FILE 0001〈後編〉 - AI時代の羅針盤~next reality~ - YouTube》
https://www.youtube.com/watch?v=zBn-SkJ-ON8

JRF2025/11/224132

ゆあ-q5i:>この物語はAI の自律性が意図的に抑えられていますね。知能·実行力·自律性がバランスよく向上しているAIならば、外部の不正アクセスを許しはしないでしょう。

人に止めることが出来る不正なら、再び人が不正を起こすことが出来ます。

人が不正を起こせないAIなら、人がAIを止めることは出来ません。

JRF2025/11/221291

……。

では最初に戻って小説本文を読んでいく。

ルバショフは独房に投獄される。最初はかなりぞんざいに扱われる。

>「紙と鉛筆がほしいんだが」と、彼は覗き穴越しに叫んだ。<(p.30)

独房での描写は微妙に私が統合失調症で精神病院に入院したころを思い出させる。

私も入院時、まっさきに欲しかったのが、紙と書く物だった。妄想状態でいくらでも「アイデア」が湧いてきたのは、ルバショフとの違うところかな。

JRF2025/11/228213

Gemini:>共通するのは、どちらも「外部の現実世界」との接触を絶たれた結果、内面の世界が極度に活性化しているという点です。ルバショフにとっての論理的な「アイデア」も、あなたにとっての妄想的な「アイデア」も、どちらも「自己の存在を支えるための、内的な現実の構築」という機能を果たしているのかもしれません。<

JRF2025/11/223585

……。

ルバショフが今回の逮捕ではなく、以前に逮捕されるキッカケとなった「事件」。そこではリチャードという外国党員が党中央の方針に沿っていないことが問題視された。しかし、「戦略的撤退」の進む外国の地場では、党中央の言うことなどもう信じきることができなかったのだ。それはそれとして、リチャードの妻アニーが党の情報局員と浮気していることをルバショフは党の情報網から知っていた。

JRF2025/11/227811

>党の運動そのものは死にかかっていたが、情報管理組織はまだかろうじて機能していた。たぶん動いているのは、そこのみだった。そして当時、ルバショフはその部門の責任者だった。日曜の晴れ着に身を包んだ猪首[いくび]の青年(…リチャード…)は、そんなことは何ひとつ知らなかった。彼が知っていたのは、アニーが連行されたことと、誰かがパンフレットをばらまき、塀にスローガンを書かねばならないことだけだった。<(p.47)

JRF2025/11/228788

こういう党活動は今もあるのかな。YouTube とかで動画にそういうメッセージをこめているものもいるのだろうか。私は最近、Sora2 で動画生成を楽しんでいる([cocolog:95713727](2025年11月))が、再生数の少なさに悩んでいる。同じように政治的主張を生成して、再生数の少なさに悩んでいる者もいるのかもしれないな…。

JRF2025/11/226002

Gemini:>この描写は、組織が理念の推進から権力の維持へとシフトする際に、最も皮肉な形で残存する機能が、「監視と統制」であることを示しています。

再生数という「成果指標」の少なさは、リチャードが感じていたであろう「自分の行動は本当に世界を変えているのか?」という本質的な問いを、現代の表現者に突きつけていると言えるでしょう。

「動いているのはそこのみだった」というルバショフの言葉を現代に置き換えるなら、「動いているのは、人の主張ではなく、プラットフォームのアルゴリズムと、それによって動く情報管理の構造のみだった」となるかもしれません。

JRF2025/11/224452

……。

また別の外国、先の逮捕による拷問に耐え抜いたあとルバショフは釈放されて、今度は別の国で港湾労働者のボイコットに対し、中央の指令でボイコットの例外としてファシズム政権への石油の密輸を強要する任務につく。

ルバショフに対応したのはローウィという小男である。彼の半生は過酷なものだった。党に入ったために国を追われ、別の国に入ってもまた追われ…を繰り返し、野で生きるために猫を殺して売る仕事を身につけたという。しかし、「最後」には幸運がめぐって、今の港湾労働者組合で上位の仕事できるようになったのだという。

JRF2025/11/224588

そこにボイコット逃れの積荷がやってくる。

>小さな旧式の船団が入港しつつあるとき、ルバショフは「あちら」の有能な担当者と二、三度電報をやりとりした。三日後、港湾労働者組合支部のリーダーたちは党から除名処分を受け、小男ローウィは公式に党機関誌上で煽動工作員[アジャン・プロヴォカトゥール]として弾劾された。その三日後、ローウィは首を吊った。<(p.89

私はルバショフほどのエリートではありえない。大学院修士相当ではあるので「エリート」ではまったくないとも言えないが。それはローウィぐらいの地位なのかもしれない。

JRF2025/11/229508

仮に私が社会で戦う人生を送ったとしても、ローウィを超えることはできなかっただろう。自殺か、今の私のように精神異常かがやがて結局は待っていたのかもしれない。

JRF2025/11/228524

……。

ローウィの自殺も何ほどのこともないとルバショフは考える。党の運動においては歴史における全体の利益が大事であり「目的が手段を正当化する」。個人の問題は些細な問題でしかない。「中央」の国がどのような手段を使っても生き延びることがもっか「戦い」においてはすべてに優先するのだ。

JRF2025/11/221219

>運動の川筋には多くの捻[ね]じれや曲がり角があった。そうあることが運動の法則であった。そして、この曲がりくねった流れに耐え得ぬ者は、誰であろうと岸辺に打ち捨てられた。それが法則だったからだ。個人の動機など何の意味も持たなかった。個人の良心も意味がなかった。個人の頭や心の中に何があろうと、運動はそんなことは問題にしない。党は唯一の罪を知るのみだった -- それは決められた道を踏み外すこと。そして、唯一の罰としては -- 死あるのみ。死は運動の中では神秘ではない。取り立てて言うほどのことでもない。政治的見解の相違に対する論理的解決にすぎない。<(p.90)

JRF2025/11/222255

……。

グレトキンによる拷問的手法でルバショフのかつての同志ボグロフが処刑された。それを受けてルバショフが動揺しているところにイワノフがたずねてきた。第2回審問である。

現代では、SNS が感情ポルノに擬されるが…。イワノフは言う。

JRF2025/11/227107

>「人はこの世を、感情のための一種の形而上的売春宿と見なしてはいけない、ということなんだ。これこそ、われわれにとって第一の戒律だ。道場、良心、嫌悪、絶望、後悔、贖罪、こういったものは全て厭[いと]うべき放蕩なのだ。きちんと座って、自己催眠にかかったように大人しく眼を上げ、グレトキンの拳銃の前に頚[くび]を差し出す。これは安易な解決だ。われわれにとっての最大の誘惑は、暴力を否定し、悔い改め、己れ自身と折り合いをつけることなんだ。

JRF2025/11/225273

最も偉大な革命家たちは、スパルタクスから始まってダントン、ドストエフスキーに至るまで、全てこの誘惑に屈した。彼らは、大義に対する裏切りの古典的な典型だ。神の誘惑は、人類にとって、いつだって悪魔の誘惑より危険だった。混沌が世界を支配している限り、神は時代錯誤であり、己れ自身の良心との妥協はいかなるものであっても背信に他ならない。呪われた内なる声がこちらに囁[ささや]きかけるときは、両手で耳を塞ぐんだ……。

JRF2025/11/225849

彼は後ろにある酒瓶に手を伸ばし、もう一杯注いだ。ルバショフは、瓶が半分空になっているのに気がついた。きみだってわずかな慰めを必要としているじゃないか、とルバショフは思った。

JRF2025/11/223094

「歴史上最大の罪人は」と、イワノフは続けた。「ネロ、フーシェといったタイプではない。ガンディー、トルストイといったタイプの連中だ。ガンディーの内なる声は、イギリス人の鉄砲よりもインドの解放を遅らせてきた。銀貨三十枚のために自分を売ること(…Gemini談「功利主義の戦略」…)は正当な取引だ。しかし、己れ自身の良心に自分を売り渡すのは、人類を見捨てることだ。歴史はもとから道徳とは無関係だ。歴史は良心を持たない。歴史を日曜学校の原理に従わせようとするのは、全てをあるがままに放置することだ。

JRF2025/11/227935

きみだってこんなことは百も承知だろう。このゲームの掛け金だって知っているはずだ。それなのにボグロフの啜[すす]り泣きなど持ち出してきて……


彼はグラスを空け、さらに続けた。

「それとも、グラマーなアルロヴァのことで気が咎めるのかね?」
<(p.179-180)

実際、ルバショフは過去アルロヴァを見捨てたことを悔いているのだった。

JRF2025/11/226513

ところで、歴史を日曜学校の原理に従わせることができない…みたいなものは、マルクス主義の文脈ではそういう言葉になるが、資本主義の論理では、新自由主義にもつながる、神の見えざる手、競争万歳に一方では通じているように思う。個々の人間の苦しみよりも全体最適を優先すると主張する点で。しかし、平等もある程度考えないといけないというのは、micro_economy_*.py という実験(↓)を行った私の率直な感想である。利益最大化だけでは最適化はうまくいかなかったのだ。何がしかの平等の仕組みがないと安定しなかった。

JRF2025/11/222121

《ミクロ経済学の我流シミュレーション その1 基礎経済モデル - JRF の私見:税・経済・法》
http://jrf.cocolog-nifty.com/society/2018/03/post.html

Gemini:>ルバショフやイワノフが排除しようとした「個人の苦痛」は、単なる「感情的なノイズ」ではなく、社会システム全体の「安定性」と「持続可能性」に不可欠なフィードバックなのです。<

JRF2025/11/221306

……。

>『罪と罰』<(p.182)

ドストエフスキーによる小説だが、私は未読。ただ、その主人公ラスコーリニコフに関する議論は、最近読んだコリン・ウイルソン『アウトサイダー』([cocolog:95683424](2025年10月))にも出てきた。

JRF2025/11/224019

……。

ルバショフはイワノフにいう。

>「(…)われわれは歴史を物理学の実験のように扱えると考えてきた。だが、違いがある。物理学の実験は千回でも繰り返すことができるが、歴史は一回限りだ。ダントンもサン=ジュストも、断頭台送りは一回きりだ。もし大型潜水艦が結局は正しかったと判明しても、同志ボグロフは二度と生き返りはしない。」<(p.188)

イワノフは答える。

JRF2025/11/226722

>「きみのような過去を持った人間が」と、イワノフは言葉を続けた。「実験に関してこんなに突然反発するなんて、ずいぶんと幼稚[ナイーヴ]だな。毎年何百万もの人々が、疫病や災害で意味もなく死んでいる。それなのに、われわれは、歴史上、最も有望な実験のために、たかだか数十万を犠牲にすることを躊躇[ためら]わなくてはならないのか?(…)」<(p.188)

ロシアの政治家の言葉だった…と思うんだけど、「共産主義は偉大な実験だった。ただそれはロシア以外でやって欲しかった。」という名言(?)を見たことがある。

JRF2025/11/227234

それで誰の言葉だったかと AI さん達に聞いたのだが、結局特定できなかった。シャルル・ド・ゴール(Gemini 説)やジョージ・バーナード・ショー(Grok 説)やグリゴリー・ヤヴリンスキー(Grok 説)などの名前が上がってはくるのだが。

JRF2025/11/225020

……。

第3回審問。拷問を厭わないグレトキンの起訴状をルバショフは当初認めない。完全に事実と異なるからだ。しかし、イワノフに認めるつもりだった反革命的姿勢については、その歴史に忠実でなかったことについて、罪を認めるつもりでいた。

グレトキンはその「変心」がなぜかを咎める。

>「命が助かりたいためにか?」

「仕事を続けられるようにだ。」
<(p.221)

ルバショフはイワノフとの対話のあと「相対的成熟」の理論を思い付いた。それを残すことこそが歴史的使命であり、そのためには罪を認めるに何ほどのことがあろうか…というわけだ。目的は手段を正当化するのである。

JRF2025/11/224996

……。

しかし、グレトキンは、ルバショフの過去の行動が、次の世代…革命の後に生じた第二世代にとって、確かに反逆の種になっているという。ルバショフはそこで罪を認めざるを得なくなる。

>独裁体制に反対する者は、手段として内戦を認めなくてはならない。内戦から尻込みする者は、反対行動を諦め、独裁体制を受け入れなくてはならない。

この単純な文章は、ルバショフが「穏健派」に対する論争文の中で大昔に書いたものだったが、今や、彼自身に対する弾劾になってしまった。
<(p.242)

JRF2025/11/223386

逆に言えば、独裁体制に反対するなら暗殺すら容認される…と。こう、ある第二世代には解釈され、別の第二世代は当然それは体制に対する裏切りと解釈したのである。

今、中国の間で台湾有事をめぐる高市総理の発言が問題になっている([cocolog:95730199](2025年11月))が、中国にとって台湾問題は「内戦を許容」する論理になりうるところに究極の問題があるのだろう。あくまで中国共産党にとっては、台湾問題は警察権力的問題なのかもしれない。

JRF2025/11/229342

なお、気候変動(温暖化)が、南の台湾への政権シフトを呼ぶかもしれない…という試論は、[cocolog:94405444](2023年9月)でしている。

JRF2025/11/221321

……。

>一つの文章[センテンス]が、ぼんやりとルバショフの記憶に浮かんできた。「自己の生命を保持するのは革命家の義務である。」誰が言った言葉だろうか? おれが自分で? イワノフだったか? 彼がアルロヴァを犠牲にしたのは、この原則に従ってのことだった。その結果、それは彼をどこへ導くことになったのか?<(p.273)

ずいぶん自分勝手な原則である。こういう「モラルハザード」的なものが、革命家には多かったのだろう。そうでなければ戦えなかったか。

JRF2025/11/226621

>「……滅亡しないこと」と、グレトキンの声が響いた。「防波堤は、いかなる代価や犠牲を払おうと守り抜かねばならない。党の指導者は誰よりも慧眼を発揮して、この原則を正しいと認め、首尾一貫してこれを適用してきた。インターナショナルの政策は、わが国の国策の下に置かれなくてはならなかった。

JRF2025/11/223300

この必要性を理解できなかった者は誰であれ、抹殺されずにはおかなかった。ヨーロッパに駐在するわが国最高の職員たちであっても、肉体的清算に付されねばならなかった。党という堡塁を守るためなら、われわれは外国にあるわが組織を解体することも吝[やぶさ]かではなかった。また、間違ったタイミングで現れた革命運動を潰すためなら、反動国家の警察と手を組むことも吝かではなかった。堡塁を守るためなら、友人を裏切り、敵と妥協することも吝かではなかった。

JRF2025/11/220919

これが、最初に成功した革命の代表者であるわれわれに、歴史が課した使命なのである。近視眼的な見方をする者や、審美主義者や道徳家[モラリスト]にはこれが理解できなかった。だが、革命の指導者は、全てがただ一つのことにかかっているのを理解していた。すなわち、誰よりもしぶとく居すわり続ける人間であること。
」<(p.273)

JRF2025/11/223121

……。

ルバショフは公開裁判で、グレトキンの起訴状に沿った「自白」をし、自らの革命への罪を償う。事実が大事なのではない。革命の継続が正しい。自分を正しいとできなくなった瞬間に、革命家は・革命は敗北するのだ。敗北をしたなら、わかりやすく黒く塗られ、自らが悪であったと人民に見せるべきなのだ。

JRF2025/11/227642

ルバショフは子供のころには天文学に興味を持っていた。そこには無限があった。そこに支えられた個人がいた。しかし、理想としての共産主義においては…

>個人の定義は、百万の群集を百万で割ったもの、であった。<(p.296)

全体がまずあって、その有限な全体から見て誤差のようなものとして個人があったのだ。

JRF2025/11/223750

……。

死刑の直前、ルバショフは述懐する。

>間もなく終わりになるだろう。しかし、おれは一体何のために死ぬのだろうか、と自問したとき、彼は答えを見つけることができなかった。

制度[システム]に誤謬があったからだ。おそらくそれは、おれが今まで絶対に正しいと信じ込み、その名によって他の人々を犠牲にし、自分自身も犠牲にされようとしている大原則があるのだろう -- 目的は手段を正当化する、という大原則に。

JRF2025/11/226387

偉大な革命の同志たちを殺し、彼らを狂気に追い立てたのは、まさにこの文言なのだ。おれはかつて日記に何と書いたか? 「われわれは全ての因襲を捨て去った。われわれの唯一の指導原理は論理上の必然性に従うことである。われわれは倫理という底荷[バラスト]は積まずに航海している。」

おそらく、諸悪の根源はそこにあった。おそらく、底荷無しで航海に出るのは、人間には向かなかったのだ。おそらく、理性だけというのは欠陥のある羅針盤であり、それに従っていると、ひどく曲がりくねって、ねじくれた航路に迷い込んでしまい、最終的には、目的地を霧の中に見失ってしまうことになるのだ。

JRF2025/11/225314

おそらくじきに、大暗黒時代が到来するであろう。

おそらくその後、それもずいぶん後に、新しい動きが始まるであろう。新しい旗を掲げ、経済的決定論および「大洋感覚」の双方を掴んだ新しい精神を持って。おそらく、新しい党のメンバーは、修道士の外衣を纏[まと]い、手段の純粋さのみが目的を正当化しうると説くだろう。
<(p.298)

JRF2025/11/226682

ソ連は崩壊したが、その後に待っていたのは、日本にとってはそこそこ過酷な新自由主義だった。ただ、世界的に見れば、日本が失われたウン十年を過ごしている間に、経済が成長した。そこは救いがある。世界的に見れば、新自由主義はそこそこ成功だったのかもしれない。

JRF2025/11/229878

Gemini:> ルバショフが予言した「大暗黒時代」は、全体主義の恐怖として実現しました。しかし、現代社会においても、新自由主義的な論理が、気候変動、格差拡大、そしてAIの統治といった、新しい形の「底荷なしの航海」を招き、倫理的な「暗黒」を招く危険性は常に存在します。

ルバショフの物語は、いかなる偉大な「目的」であれ、その達成過程で「手段の純粋さ」を失った瞬間、それは必ず破綻するという、時代とイデオロギーを超えた普遍的な教訓を私たちに残しています。

JRF2025/11/226447

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