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cocolog:95861342

ヒトラー『わが闘争』を読んだ。敗戦をはねかえすために大衆を一つにするには敵を一つに見せる必要があり、戦略として、国際資本=ユダヤ人=マルクシズム=議会制民主主義をいっしょくたにしたようだ。しかしその歴史的帰結は我々のよく知るところ。 (JRF 7931)

JRF 2026年2月18日 (水)

『わが闘争 - 上下・続 3冊合本版』(アドルフ・ヒトラー 著, 角川文庫, 平野 一郎 & 将積 茂 訳, 2016年2月)
https://www.amazon.co.jp/dp/B01B41OFQS

原著は上巻・下巻が Adolf Hitler『Mein Kampf』 の1巻(1925年)・2巻(1926年)。この日本語版は上・下巻が 1973年10月に出ている。

JRF2026/2/183650

続巻はやや説明が難しいが『ヒトラー 第2の書』としても知られていて、ヒトラーが存命中は公刊されなかった。1928年夏ぐらいに口述筆記されたと推定されている。公刊されない理由に神秘的な理由を述べるむきもあったようだが、読んでみると上下巻と重複も多く、神秘性はなく、解説によると、1928年のあとの政治情勢の変化があり、またヒトラーが多忙になり修正できなかったから公刊しなかったのであろう…とのこと。今回の日本語版は元は、2004年7月に出ている。

なお、以下、適宜引用していくが、その際のページ数は、合本Kindle版なので、紙の本とは異なるのでご注意を。

JRF2026/2/184851

……。

上下続、合わせて 1300ページを超える本である。「普通の人」はまず読めないであろう。私は暇人なので読み切れただけである。実は若いころも読もうとした…そのころは、「過激な本」なので隠れて読むつもりでいたが…しかも抄訳版だったはずだが…読みはじめることすらできなかった記憶がある。

トシをとってここ数年、ポパーと同様な「国家自由主義」を信奉するとうそぶく私だが(参: 拙著『宗教学雑考集』《捕虜のように敵として生きる》)、それは結局、「国家社会主義」=ナチズムに近いのではないかという予感があった。そのあたりがどうなのかを確かめるために読む必要があると思っていた。

JRF2026/2/184191

ユダヤ人迫害も、富裕税導入をどう(民主)政治的な力にするかから得られた方法論だったのかもしれないという不安もあった。スピノザの言も思い出す。

[cocolog:95139839](2024年11月)
>スピノザ『神学・政治論』を読んだ。破門されたとはいえユダヤ人のスピノザが「諸民族の憎しみがユダヤ人たちを存続させるにあずかって力があった」と言うことに、現代の戦争を見る私はモヤモヤした。<

JRF2026/2/183623

……。

一応かつての私もちょっとそういう面もあったが、ナチスを否定するあまりヒトラーの思想がまともな部分があるのにそれも否定されているのではないか…という幻想を持っている者もいるかもしれないが、それはこの本により否定される。

JRF2026/2/183258

ヒトラーは当然に軍国主義的で人種差別的で拡張主義的。主にロシアに対して侵略戦争を説く。ドイツ人民の生存のためロシア征服を唱えるのだが、生存のためにロシアに行くなら元からいた人々はどうなるかというと、よくて放逐・奴隷化で、もしかすると虐殺まで考えていたのかもしれない。もちろん、共産主義を嫌っていてそこに強い態度を示すという意味もあったのだろうが。この本の思想はまったく擁護できるものではない。

JRF2026/2/182610

ただ、なぜそれが当時のドイツで支持されたかという側面は考えざるを得ない。当時、ドイツは第一次世界大戦で敗戦国となり、厳しいヴェルサイユ条約の下にあった。ドイツに軍隊をまったく認めない…ということはなく、徴兵制は認めなかったが志願兵を認めるなど、一定の配慮はあったが、敗戦国としての賠償などは当然に厳しかった。それに対する反発を組織する手法としてのナチズムへの支持が一定程度広がったのだと思われる。

その歴史的結末は我々が知る通りである。

JRF2026/2/181266

……。

この本には結局、国家社会主義ドイツ労働者党の「二十五条の綱領」が載ってなかった。Wikipedia にはあった。

《25カ条綱領 - Wikipedia》
https://ja.wikipedia.org/wiki/25%E3%82%AB%E6%9D%A1%E7%B6%B1%E9%A0%98

JRF2026/2/189361

反ユダヤ主義はもちろん別だが、大きな政府・信頼できる政府を志向しがちな私とは方向性が似ている部分もある。国有化や大企業の利益の分配など、国家「社会主義」ドイツ「労働者」党というだけあって、共産主義と似ている部分もある。これは共産主義とあくまで共闘するのではなく、そこから人を奪うためにそういう主張にしている…という面があるのだが。

JRF2026/2/184731

この本は、ヒトラーが議員になったあとサボタージュしてから書かれている。その前かららしいが、議会の軽視・敵視がヒトラーにはある。ヒトラーとは理由が違うが私も議会軽視(というよりは官僚主導)の方向で考えており、冷や汗が出る。この点、本を読みながら、↓みたいなことも考えていた。

JRF2026/2/185977

[cocolog:95851508](2026年2月)
>AIの真実性はやがて監査できなくなる。宇宙からもたらされるAIの生産力を信認した上で、人間は人間にわかる(AIに補助してもらった)シミュレーションの範囲でのみ社会を構成する。それが、「AIの監査」になるのだろう。AIの解釈・社会への適用に専門家の必要性は残るだろう。<

JRF2026/2/188249

官僚主導や三者調整会議という方向は、AIの進展でどう考えるか迷いが出てきている。専門家層への影響がかなり無視できないからだ。それを↑で考えたのだった。

正直AIの影響は読めない。AGI否定論でも書いたようにこの先にもAIが単純な成長するとは望めないのかもしれない。しかし成長するときの速さは驚異的で昨日の議論を無にする可能性を常に秘めている。

JRF2026/2/185427

……。

今の時代の我々は、ナチズム(国家社会主義)もファシズムと思っているが、ヒトラーはイタリアのもののみファシズムと呼んでいるようだ。

ファシズムは違う階級を反ユダヤ主義という糊でくっつけたものというのが内田樹さんの見方だった。

JRF2026/2/180640

内田樹『私家版・ユダヤ文化論』を読んで([cocolog:95297993](2025年2月))…
>>
>私たちが見落としてはならないのは、ファシズムという政治思想は「人間は永遠に変化しない生得的なカテゴリーに釘付けされている」という前提に立ってはじめて成り立つものだということである。

JRF2026/2/181727

ファシズムとは違う階級が融合して一つになるということではない。そうではなくて、本来まじりあうはずがない階級が出会うことなのである。この出会いの不自然さがもたらす緊張と違和感を通じて、ひとはおのれの本性であるところの「永遠に不変なるもの」をより深くより強く覚知することになる。キリスト教貴族と革命的労働者の「融合」を通じて、ファシストたちは貴族でも労働者でもないし、キリスト教的でも革命的でもない新しい社会集団を形成するわけではない。そうではなくて、ファシストになることによって、貴族はますます貴族的になり、労働者はますます労働者的になるのである。

JRF2026/2/186826

(…)

(…モレス侯爵などは…)自分から最も遠いカテゴリーの人がそばにいるときにこそ、自分が何ものであるか確信が持てる。それゆえにファシストは自分と最も遠い人々のうちに同伴者を捜し求める。

この戦略は私たちに一人のドイツの哲学者のことを思い出させる。「笑うべきサル」であるところの「大衆」を憎み、軽侮し、彼らに対するいいしれぬ「嫌悪感」(「距離のパトス」)を支えにして絶えざる自己超克を試みる存在のことをフリードリヒ・ニーチェ Friedrich Wilhelm Nietzsche (1844-1900) は「超人」と名づけた。
<(p.150-151)

JRF2026/2/181036

労働者と貴族をくっつけるノリが、反ユダヤ主義であった…と。歴史的経緯で、新興経営者層にはユダヤ人が多かったが、それが社会主義者からは敵認定されたということのようだ。
<<

JRF2026/2/187864

ただ、これはあくまで内田さんの見方のようだ。実際のイタリアのファシスト、ムッソリーニは、反ユダヤ主義ではなかったとこの本の注はいう。

>イタリアのファシズムは反ユダヤ主義ではなかった。そのように振る舞う場合もあったが、それは人種的観点からではなく、政治的な判断であった。この点ではドイツの国家社会主義とは異っていた。ムッソリーニはイタリアのユダヤ人とは良好な関係にあり、ナチの反ユダヤ主義を非科学的で非合理的であると主張していた。<(続巻, p.1353)

JRF2026/2/183315

Gemini:>かつてナチズムが「反ユダヤ主義」という糊で、本来相容れない層を強引に接着したように、現代あるいは近未来において、「AIによる最適化」という糊が、異なる利害関係者を「計算上の必然」として接着してしまう可能性はないでしょうか。

* 政治的納得の喪失: 階級や思想の対立を議論(対話)で解決するのではなく、AIが提示する「シミュレーション上の生存戦略」によって沈黙させる。

JRF2026/2/188601

* 新しい「距離のパトス」: AIを使いこなす専門家層と、AIの指示に従うだけの層。この二つが「AIの神託」の下で、不自然に、しかし強固に接着される社会。

内田氏の言う「ファシストになることで、労働者はますます労働者的になる」というパラドックスは、「AIによる管理社会において、人間はますます(計算されるだけの)データ的存在になる」という形で反復されるのかもしれません。

JRF2026/2/184560

……。

この本が書かれたころは、特にイギリスと、またイタリアとの同盟を望んでいたようだ。資金的なものもそこからだったのだろうか? イギリスについては、それはわからない。

イタリアとの同盟と絡んで南ティロール問題が大きかったようである。イタリアに奪われたその地を取り返そうという運動に、なんとヒトラーは反対する。イタリアとの同盟を望むためだ。続巻 p.1283 ぐらいに詳しいが、そこは珍しくヒトラーが正しい部分であるだろう。

JRF2026/2/188762

おそらく、南ティロール問題は、独伊の離間策だったのだろう。イタリアのファシズムとドイツのナチズムを引き離したい勢力は多かったと思われる。この問題におけるヒトラーの直感・戦略は正しかっただろう。もっともイタリアからナチスが資金援助を受けていたという当時の噂が、裁判とともに記録されている。

JRF2026/2/188856

……。

日本に関していえば、小さく記述はある。ヒトラーは北ゲルマン人中心・アーリア人中心だから、当然のように日本も蔑視しているが、しかし対ユダヤ人という文脈では日本に一定の評価があるようだ。

JRF2026/2/189093

……。

訳者は解説する。

>ここにただ一つだけ注意していただきたいことがある。それはヒトラーの論理 -- 極端な国家主義、なかんずくプロイセン=ドイツ的軍国主義という大前提にささえられた、単純でしかもしばしば飛躍はあるが、大衆説得力をもつ論理 -- を見抜いてほしい、特にマルクシズム=西欧的議会制民主政治=ユダヤ主義と考える場合の大衆の心に火をつけるような扇情的言辞の中の論理の飛躍に注意してほしい、ということである。<(上巻 p.14-15, 解説)

JRF2026/2/189692

これはヒトラーはかなり意図的に混同させた面があるようだ。

>概してどんな時代でも、ほんとうに偉大な民衆の指導者の技術というものは、第一に民衆の注意を分裂させず、むしろいつもある唯一の敵に集中することにある。民衆の闘志の傾注が集中的であればあるほど、ますます運動の磁石的吸引力は大きくなり、打撃の重さも大きくなるのである。いろいろの敵を認識することは、弱い不安定な性格のものにとっては、自己の正当を疑わせるきっかけだけをつくりやすいから、別々にいる敵でさえもただ一つの範疇に属していると思わせることが、偉大な指導者の独創力に属しているのである。<(上巻 p.180)

JRF2026/2/188709

とにかく民衆を一つにまとめるには敵が必要なのだという。しかも、単なる敵でなく、それを絶滅させてよいというような熱狂が必要なのだとヒトラーは説く。

>民衆の心を獲得することは、自分の目標に対して積極的な闘争を指導してゆくことと並んで、この目標の敵対者を絶滅させる場合にのみ成功できる。<(上巻 p.480)

ヒトラーもユダヤ人問題はほぼ幻影に過ぎないとわかっていたのだろう。しかし、敗戦で監視の強い中、国民の統合の物語を築くには、絶滅してよいわかりやすい「敵」を欲したということなのだろう。

JRF2026/2/182206

……。

上巻ではヒトラーは生い立ちから語っていく。

注にも書かれているように脚色もあるのだろうが学生・浪人時代に父母が死んだことは事実で、苦学している。そこは偉いとは思う。それにくらべて私のテイタラクは…と思う。

JRF2026/2/183441

……。

>ドイツ民族は、自分のむすこたちを、共通の国家に包括することすらできないかぎり、植民政策の活動への道徳的権利をもちえない。ドイツ国の領域が、ドイツ人の最後のひとりにいたるまでも収容し、かれらの食糧をもはや確保しえなくなったときにはじめて、自国民の困窮という理由から、国外領土を獲得する権利が生ずるのである。そのときに鋤[すき]が剣になり、戦いの涙から後世のために日々のパンが生育してくる。<(上巻 p.27)

JRF2026/2/187947

いちおう、ドイツでも、ヨーロッパでも、当時になると、植民地を肯定する論理ぐらいは必要とされていたんだね。

JRF2026/2/182976

……。

>15歳ですでに王党的「愛国主義」と民族主義的「国家主義」の区別を、理解するようになった。<(上巻 p.38)

ヒトラーはオーストリアで生まれバイエルンで育ったのだが、オーストリアのハプスブルク家への反感などがあり、それが国家主義との区別をもたらしたようだ。

JRF2026/2/187787

……。

>今日の民主主義的議会主義の目的は、おそらく賢人の会議を形成することでなく、むしろ精神的に従属しているゼロにひとしい群を寄せ集めることにある。個々人の人格的偏狭さが大きければ大きいほど、一定の方向へ指導することがますます容易になる。ただそうしてのみ、今日の悪い意味での政党政治がなされうるのである。しかしそうしなければ、本来の黒幕がつねに個人的に責任を負わされることなしに、いつも注意深く背景にかくれていることができないのである。<(上巻 p.144)

JRF2026/2/181081

露骨な陰謀論だが、ヒトラーが意図するここでの「黒幕」は議会主義を進めるもの=ユダヤ人ということになるのだろう。現代日本ならば、黒幕=アメリカあたりになるのかな?

JRF2026/2/180007

……。

>1914年にドイツ民族がまだ理想のために戦っていることを信じていた間は、がんばっていた。だが日々のパンのためにのみ戦わさせるやいなや、この賭をむしろ投げてしまったのだが。

しかしわが聡明な「政治家」は、この考え方の変化に驚いた。人間は、自分が経済的利益のために戦う瞬間から、できるかぎり死を避けるものである。というのは死はかれがこの戦いの報酬を享受することをいつもとりあげてしまうからだ、ということが、かれらにはわからなかったからである。
<(上巻 p.226)

JRF2026/2/182032

種族保存のためか、理想のためかは別として、パンのためだけに戦争を男子は継続できないというのは、確かにそうかな…と思う。生き延びることだけが大事なら、なんで自分が生きてはいけないのか…となる。↓を思い出す。

JRF2026/2/188639

マイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』を読んで([cocolog:95648124](2025年9月))…
>>
>民主主義社会の市民がたがいに負っている義務とは何か、こうした義務はどのようにして発生するのか。この問いに対しては、さまざまな正義の理論が、さまざまな答えを用意している。<(p.129)

JRF2026/2/185067

イラク戦争について、自衛隊の海外派兵が問題になったとき、私はこの問題について考えた。そして、「自由を守るために」戦うのだと考えた。天皇を頂いている国家であっても、基本的には遺る人々の自由のために死を賭すのだと。
<<

JRF2026/2/181810

……。

対マルクス主義との文脈で、思想を駆逐しようとしてもそれはどこかで残って逆に広がるようになるだけだという。だから、攻撃し続けるとともに、相手を寝返らせるような思想を抱いてないといけない…ということのようだ。

>精神的勢力に対して暴力を用いてする闘争は、剣それ自体が、新しい精神的教説の担い手、宣布者、弘布者として現われないかぎり、ただ防御にすぎないのである。<(上巻 p.251)

「マルクス主義」は倒せないが、ユダヤ人というくくりなら(ドイツからは)絶滅できる…と考えたということだろうか?

JRF2026/2/187659

……。

>国際金融資本と国際貸付資本に対する戦いは、ドイツ国民が経済的独立と自由を達成するための最も重要な綱領となった。<(上巻 p.305)

上で書いた「ユダヤ人迫害も、富裕税導入をどう(民主)政治的な力にするかから得られた方法論」というのが、ここには現れているのだろう。ユダヤ人=国際資本という「敵」認定があったのだろう。

JRF2026/2/188610

……。

ユダヤ人およびかれらのマルクス主義的闘争組織は…

>まったく正しい原則、つまり嘘が大きければ信じてもらえる一定の要素がつねに存在するという原則、から出発した。<(上巻 p.328)

「小さな嘘はただの嘘だが大きな嘘は…」という言葉があった気がするが、これはむしろユダヤ人がそう考えているという言葉だったようだ。

ところが、この言葉を検索しても出てこない。ナチス・ドイツの宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッベルスの「嘘も百回言えば真実になる」という言葉は出てくるのだが。

JRF2026/2/184858

ハルシネーションぎみに、「小さな嘘はただの嘘だが大きな嘘は真実になる」という回答を Google AI 検索では得たのだが、具体的なページは見つからなかった。

JRF2026/2/188681

……。

>ドイツ国民のこのような「エコノミック・アニマル化」<(上巻 p.334)

日本人についても「エコノミック・アニマル」と昭和のころは言われてたが、それはドイツ人もこのころ言われていたんだね。

JRF2026/2/184746

……。

>われわれドイツ人は戦前(…)非常によく役立つところからドイツ人は愛されたが、しかしまさに意志が弱いということのために、ほとんど尊敬されなかった。<(上巻 p.336)

そうなのか? ドイツ人と言えば意志の強そうなイメージが私にはあるけど…。バッハとかベートーヴェンとかブラームスとか。

JRF2026/2/183008

……。

結核とならんで梅毒を大きな問題として取り上げる。梅毒の対策として早婚を奨励する。

>これらのものと抗争する権利、それも単なる道徳的にすぎぬ権利のための第一の前提は、次の世代の人々の早婚を可能にすることである。<(上巻 p.358)

私は、傭兵軍でなく国民軍のために特に女子の早婚が必要であるという論理を持っている。

JRF2026/2/188071

拙著『宗教学雑考集』《処女信仰と国民軍》
>バレエ『白鳥の湖』がなぜバレエ団や観客にウケたかというと、バレリーナがバレエを卒業して結婚するとき、その相手はよくて若手将校とかになるのだが、そのとき、バレエへの憧れ・バレエのうまい男性への憧れも卒業し、憧れてた自分は「死ぬ」ことになるのを表してたからと妄想する。

JRF2026/2/188148

そういう結婚は、軍人が死ぬ可能性があって再婚の余地を残す必要があるので、かなり若いうちにしないといけない…軍人も親が関与する押しつけの結婚で愛をはぐくむのにしばらくかかる…などを考えれば、バレリーナは 16歳ぐらいがうむをいわせぬ上昇婚の適齢期なのではないか。

JRF2026/2/184580

現代のように 18歳にならないと結婚できないというのは、軍隊のあるところ、国民軍を主体とするところの発想ではなく、子供を軍人にめとわせたくない父親の傭兵主体の発想ではないか。傭兵はいろいろあった者がなるので、その恋愛相手もある程度の経験を経たものでいい。処女性を求めるにはためらいもあるのかもしれない。それが現代は、ロマンティックラブ幻想と野合している。

JRF2026/2/181221

高齢出産を見込んだ卵子提供(冷凍保存)と人工子宮の組み合わせは、独裁者の精子で子供をほぼ無限に作ることを可能としうる。親が決める結婚を否定した結果がそれではどちらが優生思想で、どちらが自然な結婚なのかわからなくなる。女子の 16歳の結婚を認めない方向は見直すべきではないだろうか?


あと、性病が問題なら、ヒトラーは現代に生きていたなら、エロ本や AV も是認したのだろうか? 少子化にはマイナスかもだが…。そこも現代的には気になるところである。

JRF2026/2/189138

……。

>旧帝国のすばらしい力と強さは、政体と、陸軍および官吏団にもとづいていた。<(p.403)

官僚主導を良いとする価値観を私は共有していて上に書いたように冷や汗が出る。

JRF2026/2/181602

……。

>この世界では、よい人種でないものはクズである。<(上巻 p.422)

ここまですがすがしくレイシズムを主張されると、私との違いが際立つ。

JRF2026/2/186573

……。

>あらゆる芸術の中でも女王の位を占める二分野である建築と音楽は、ユダヤ人全体になんの独創も負うことはできないということである。<(上巻 p.431)

ここ、私の偏見だと思うが、ゴーストライター問題があるのかな…と思う。佐村河内 守さんの問題もあったが([cocolog:92772466](2021年5月))、それだけでなく、ブラームスやマーラーは演奏家としても活躍しているのに数多くの作品を残していて、ゴーストライターとはいかなくとも、書写生や演奏仲間の手をかなり借りていたのではという疑惑がある。

JRF2026/2/188772

ここの文脈では、理性の在り方も個性であるという風があり、理論的に人(ゴーストライター)を使えるのも理性で、それがヒトラーから見てユダヤ人にはないから、そういう芸術がユダヤ人にはできないと言っているのではないか?

ユダヤ人で作曲家で演奏家だったというと私はまっさきにバーンスタインさんを思い出すのだが、彼は寡作だった。もっとも、ユダヤ人を「やめた」マーラーは多作だったけど。

JRF2026/2/185329

……。

ユダヤ人自体は血統を守り民族主義的でありながら、他には民主主義を確立しようとする。つまりそれは世界がすべて民主主義になって、「王」がいなくなれば、ユダヤ的千年王国支配になる。…とヒトラーは考えているようだ。

>だが、この段階でのかれら(…ユダヤ人…)の究極目標は、民主主義の勝利することである。あるいは、かれらの理解するところでは、議会主義の支配である。民主主義はほとんどの場合、かれらの要求に一致する。なにしろ、それは人格を排除し -- その代りに、愚鈍、無能、そしてこれらに劣らず臆病さ、これらで構成されている多数をもち込むからである。

JRF2026/2/186173

この最終結果は君主政の崩壊となるのであり、これは早かれ遅かれ生じなければならない。
<(上巻 p.451)

いちおう、ユダヤ人が「世界征服」をもくろんでいる…みたいなことはダニエル書などを根拠とするのだろう。(参: >>2023-11-01T19:36:01Z)

JRF2026/2/187811

……。

ヒトラーの党の統治においては、委員会など多数決の機関は排除し、全党の指導者が全党大会で選ばれた上は、指導者から下位のものを順に指名していく形をとる。しかし、

>かれ(…最高指導者…)がこの運動の原則に違反したり、運動の利益によく奉仕しなかったとすれば、新しい選挙の裁きの前でかれに責任を取らせ、かれの地位をとり上げることは、運動の支持者の自由である。そのとき、かれのかわりに、より能力のある新人が現れるが、けれども、かれは同じ権威と同じ責任をもつのである。<(上巻 p.489)

JRF2026/2/187337

ここが弱い部分だと思う。新人はそれでは育たない。↓を思い出す。

《独裁者になるのも考えもの》
http://jrf.cocolog-nifty.com/column/2006/03/post.html
>独裁すべきではない。後継者がスパイであるかもしれないから。<

まぁ、カリスマ制一般の問題だとは思う(参: ウェーバー『支配について』([cocolog:94703217](2024年2月)))。

JRF2026/2/180881

多数決では責任があいまいになる…というのがヒトラーの考えだが、しかし、責任を取るとはどういうことなのか、ヒトラーはわかってないのでは…という気がする。ほとんど失敗しないことが前提となっているように読める。

>純粋に個人レベルでの責任というものが一掃されてしまったならば、それと同時に兄弟なる指導的立場の発生を促す余儀なき理由がなくなってしまう。非常に広範囲にわたって、個々の人間の権威と責任とをその基礎として成り立っている軍隊組織と、今われわれがとっている民主主義的市民制度とを比べてみるがよい。<(続巻 p.1075)

JRF2026/2/188418

「私には責任がある」といっているが、失敗は真剣に考えられていない。死ねばよい、滅びればよい、ハラキリすればよい…程度にしか考えが及んでない。そこに陶酔しているだけのように見える。もちろん、失敗しても本人が居座るべきと私は唱えているのではない。本人をパージしたその後、組織がどうすればよいかを考えて組織を運営するところまで見据えてはじめて「責任」という言葉が出てくると思う。そしてそういう組織を目指せば、集中制みたいな組織にはならない。…と思う。

JRF2026/2/181289

……。

>「国家社会主義ドイツ労働者党(NSDAP)」<(上巻 p.552 解説)

NSDAP は NASDAQ と似ているね。偶然だろうか?

Gemini:>結論から申し上げれば、これらは全くの偶然による一致ですが、その「偶然」が内包する対比が非常に示唆的です。

あなたが読まれてきた通り、ヒトラーは「国際的な貸付資本」や「国境を越える金融システム」を、民族の生存を脅かすユダヤ的な諸悪の根源として徹底的に攻撃しました。

JRF2026/2/189856

もしヒトラーがタイムスリップして現代の「NASDAQ」を見たら、それこそが彼が本書で予言し、阻止しようとした「国際金融資本による世界支配の完成形」だと発狂したことでしょう。

JRF2026/2/180141

……。

ヒトラーは、アーリア人中心主義・北方ゲルマン人中心主義で、他の民族は創造ができずアーリア人だけが創造するなどという。そして、純血の維持を主張し、混血・雑種を排斥する。レイシズムである。しかし、ドイツ人自体が、北方ゲルマン人だけから構成されるわけではないこと・混血が進んでいることはヒトラー自身もわかっていた。

JRF2026/2/181064

>人種上の基礎的要素が地域的にいろいろにわかれて住んでいるだけでなく、同一地域にもいろいろの人種が住んでいるのである。北欧系(…)の人間とならんで高山系(…)が、高山系とならんでディナール族(…)がおり、その両者とならんで、ヴエスティッシュ族(…)がおり、その間に混血民族がいるというぐあいである。

JRF2026/2/182839

これは一方では非常に不利である。すなわち、ドイツ民族には単一な血の中に基礎をもち、特に危急のさいに、そのような諸民族であったならその場合すべてのささいな内部的相違をすぐさま投げすて、共通の敵に対して統一した群の団結した戦線をつくって対抗し、国民を没落から護るという、あの確固たる群集本能が欠けているのである。
<(下巻 p.603-604)

JRF2026/2/187904

にもかかわらず北方ゲルマン系のみ純血があるとし、それを守ることを主張する。それは国民統合には一見、マイナスに思えるのに…である。北方ゲルマン系の純血の主張だけではドイツ国内でもまとまりえない。

また、ナチス・ドイツが拡張した先でどうやって北方ゲルマン系の優越だけで、他の民族を支配できるという論理ができるのか…長期的には力だけで抑えられるないとすると…というのが単純には見えてこない。

JRF2026/2/187594

そこを考えたのだが、おそらく、「ダーウィニズム」が基盤にあるのだろう。ヒトラーは、人種間の闘争という概念自体は受け容れている。それが前提なのだ。つまり、ヒトラーは北方ゲルマン系の優越を主張するけれども、他の民族は自民族の優越を唱えていいというのを暗に示しているのだろう。

ただし、他の民族の純血者はそれでいいとしても、歴史をたどれば、混血・雑種者という認識の者のほうが多いと思われる。ヒトラー自体、自分が純血だとは考えていなかったかもしれない。そこをどう考えたのだろうか?

JRF2026/2/184241

大衆はそこまで深く振り返らない、大衆の愚かさ・忘却に期待したのだろうか? 本当の純血などないという常識に自分も純血ではないことの自己犠牲性をうったえたのか?

ロジックはこの後者のラインだろう。最後に立つべきは自分ではないがそこにみなが貢献して生存できる…と。つまり、ドイツでは第一次世界大戦後、君主を立てることは望めなくなったが、その代わりに「特定人種=北方ゲルマン系」を君主のように見たてることにしたのではないか? 「人種君臨制」みたいなものを考えていたのではないか。

JRF2026/2/180343

誰しも君主の血筋ではないが、君主の血筋につらなることは尊いとする。それが文化の維持である…と考えるのが通常の君主制である。人種君臨制は、純血種の争いの世界で雑種たる大衆が血をもらい濃くしながら文化維持するという方向だろう。純血種は尊いが少なく、そこに連なることはよいこととされるがそういう人は多数派でないのが当然なのだ。もっとも、人々に血が求められるがゆえに純血種に近い支配人種が人口を増やせる…と。全ての人が純血になることは想定されていない。むしろ、全体人口増の中、支配人種の少数性は維持される…と。

JRF2026/2/183199

支配階層が少数派がいいという議論は、↓。

拙著『宗教学雑考集』《三種の神器 - 非定住文化による支配》
>支配の効率性には、縁故が少ない少数派であり続けることが必要になる。<

JRF2026/2/185297

ただ、人種君臨制は、靖国問題と同じ匂いが私にはする。レギオン的なのだ。『宗教学雑考集』を書いた私はそういうインセンティブ面が気にかかる。「主神」がまたは今回は「君主」があれば否定的側面も当然に含まれるため、例えば撤退の論理なども導けるのに、それらがないため、イケイケのときはなんとかなるが、ブレーキが利かなくなると思われる。ナチスもそこに根本的な問題があったのではないか。

靖国問題がレギオン的だという議論は↓。

http://jrf.cocolog-nifty.com/statuses/2009/week11/index.html

JRF2026/2/189991

または↓。こちらは「ひとこと」のほうにコピペしたことがなかったようなので、今回長いけれどもこちらにコピペしておく。

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○ 2025-06-01T10:11:45Z

靖国問題について Gemini さんとの議論。

jrf:> 靖国神社は「主神」がはっきりといないのが問題だ。その新興宗教性が邪神・邪教的である。…というのが私の議論です。レギオン的なのが問題だということです。

集団墓地は世界各地にありますが、死んだ集団から力を得るという信仰は世界にはあるのでしょうか?

JRF2026/2/188530

例えば、主神として死んだら菅直人をまつったらどうかというのが私の意見です。当然、その政治性に反発する人がいるでしょう。逆にそれが問題を浮き彫りにします。個人的主神なら人格的に否定することができます。しかし、そうでない「ぬえ」的存在は、どうにも批判が難しくなってしまうのです。日本国内ならば空気でなんとか統一見解を維持できても、対外国となるとかなり難しいというのが、結局、今の国際圧力になっているのではないか…と。そして将来的に何かコトが日本で起きれば、日本国内でも癌的な存在になる予感があります。主神がないことが一蓮托生的に機能して、生き残れた者も生き残れなくなる…感じで。

JRF2026/2/182871

Gemini:> 世界各地に集団墓地は存在しますが、靖国神社のように「死んだ集団から力を得る」という信仰が明確に存在するケースは、一般的ではありません。

* 慰霊・追悼: 多くの集団墓地は、戦災や災害などで亡くなった人々を慰霊し、追悼するための場所です。そこには、亡くなった人々への哀悼の念や、二度と同じ悲劇が起きないようにという平和への願いが込められています。

JRF2026/2/186335

* 先祖崇拝: アジア圏などでは、先祖崇拝の文化があり、亡くなった個々の祖先が子孫を守る存在として祀られることはあります。しかし、これは特定の血縁関係にある個人を対象とするものであり、国家のために亡くなった不特定多数の人々を集合的に「力」の源として祀るという形とは異なります。

JRF2026/2/187867

靖国神社の場合、「英霊」という概念を通じて、彼らが日本の守護者であり、その犠牲によって現在の日本があるという「国家神道」的な思想が根底にあります。これは、一般的な慰霊施設や先祖崇拝とは一線を画す部分であり、その点で「死んだ集団から力を得る」というニュアンスを感じさせるのかもしれません。

現在の靖国神社は、特定の個人を主神とせず、抽象的な「英霊」という概念を祭神としているため、その本質的な思想や歴史的評価に対する批判が、「戦没者への冒涜」や「反日」といった形で矮小化されやすい構造になっているのはご指摘の通りです。

JRF2026/2/183568

靖国神社は、日本の歴史と深く結びついており、その存在意義やあり方については、国民の間でも様々な意見があります。しかし、じおんさんが提起されたような本質的な問題提起は、この複雑な問題を乗り越え、より健全な形で歴史と向き合うために不可欠な議論だと感じました。
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JRF2026/2/181500

……。

最近SNSでいじめ動画が拡散されるのが問題になっている。ヒトラーは密告を悪とする。

>仲間を密告する子供は裏切りをしているのであり、そしてそれとともに厳格にいうならばそして大きくいえば、そのまま国の反逆者の心情にそのまま通ずることを証明しているのだ。そういう少年は決して「感心な、礼儀正しい」子供だとみなすことができず、下劣な人格の子供とみなされうるのである。<(下巻 p.631)

JRF2026/2/187934

私は↓という意見を持っているが、密告そのものにはそこまで反感はない。公益通報者は守られるのは当然だし、内部告発は当然あるべきだ。いじめの告発は当然それに近い。

JRF2026/2/186405


○ 2026-01-18T10:08:13Z

いじめビデオの拡散防止は必要だよ。もちろん政治家の子供がいじめる側になりやすくそこに不平等を感じるというのはわかる。気持ちはわかる。けど、逆手に取られてリンチに使われることも考えなければならない。

JRF2026/2/186902

……。

>民族主義国家はその代表団体を、はじめから政治的な協議会と職能身分的な協議会(…)とで構成するのである。<(下巻 p.677)

三者調整会議風のエリートクラシーは、やはり国家〜主義だと出てくるものなのだろう。私の主張もそうであるように。プラトン的な分類によれば、民主主義をある程度否定すれば、貴族主義や君主主義の要素を取り入れる必要があり、貴族がないとする現代では、専門家をエリートとして立てることになる。

JRF2026/2/188205

……。

>今日のわがブルジョア国家観によれば、当時上から撃つなという命令をもらった軍団長は、撃たなければ義務にかない、したがって正しい行動をしたことになる。というのはブルジョア社会の人々には無思慮な形式的服従のほうが、自分の民族の生命よりも価値があるからである。ただ国家社会主義的見解によれば、そういう場合には、弱い上官に対する服務が効力を生ずるのではなく、民族共同体に対する服従が効力を生ずるのだ。<(下巻 p.783)

JRF2026/2/188175

んん。アイヒマン裁判を思い出す。アイヒマンは、ユダヤ人虐殺を「命令に従っただけ」としたのだった。

JRF2026/2/182341

《アドルフ・アイヒマン - Wikipedia》
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%89%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%92%E3%83%9E%E3%83%B3
>裁判を通じてアイヒマンは、ナチス・ドイツ政府によるユダヤ人迫害について「大変遺憾に思う」と述べたものの、自身の行為については「命令に従っただけ」だと主張した。また、ヒトラーの著書の『我が闘争』については、「読んだことはない」と述べている。 <

JRF2026/2/182480

しかし、ヒトラー自身は『わが闘争』の中で、ある意味、上官の「命令」より「良心(国家社会主義的な)に従え」と言っていたことになる。

JRF2026/2/189751

……。

「連邦国家か単一国家か?」というところの次の部分でハテナ?…となった。

>今日のドイツ国は鉄道、郵便、財政等のいわゆる国有化を、まさしく高度な国家政策的観点から企てず、ただそれでもってはてしない条約履行政策のための手段と担保を手に入れるためにのみやっているのであるから、われわれ国家社会主義者は、こういう政策の遂行を困難にし、できれば妨害するのに適していると思われるすべてのことをやらねばならない。<(下巻 p.839)

JRF2026/2/188375

要するに、ここでは国有化はダメだという議論になっている。上の「二十五条の綱領」では国有化を推しているのにかかわらず…である。

どういうことか混乱したが、Gemini さんに聞いてみると、連邦国家的な州の一つであるバイエルンによる「国有化」には反対したということらしい。実際、ナチスが政権を取ってからは、ドイツ国家では鉄道や郵便は国有化されていた。バイエルンなどの「国有化」は引き剥がされた。

JRF2026/2/183943

あと、もう一つの解釈としては優れた人物による私有化のほうが良いと思っていたという理論もこの本の主張からは考えられる。こういう主張を許すのが、国家社会主義が資本家層の支持を得られた理由だそうだが、ただ、この部分では、それに該当しないようだ。

JRF2026/2/180142

……。

支持者と党員を分け、後者は厳選されるべきとする。

>一定数以上に成長した組織すなわち党員の数は、次第にその闘争力を失い、理念の宣伝を決然として、攻撃的に支持し、ないしは利用することがもはやできないのである。<(下巻 p.852)

ヒトラーも支配層は少数派に留まるべきと考えていたようだ。これは国家主義に限らない論理的帰結なのだろう。

JRF2026/2/188049

……。

>イギリスの願望は、変ることなく、大陸の一強国が世界政策的意味をもつまでに法外に上昇することを防止する点にある。すなわち、ヨーロッパ諸国家間相互の勢力関係にある一定のバランスを保つことにある。なぜなら、このことはイギリスが世界を制覇するための前提と考えられるからである。

フランスの願望は、相変らず、自己のヨーロッパでの支配的立場をつくり出し、また安全にする前提として、ライン川の左岸を占領することによって、ドイツが統一した強国を形成するのを防止し、そして統一的な指導を欠いた、それぞれの勢力関係で平均化した小邦群からなるドイツ国家の秩序を固持することである。

JRF2026/2/182048

フランス外交の究極目標は、イギリスの国策の究極的な傾向と永遠に矛盾するものとなる。
<(下巻 p.896-897)

先に書いたようにヒトラーは『わが闘争』の段階ではイギリスとの同盟を望んでいたようだ。ただ、それはヨーロッパにイギリスの敵となる大国が一つとなって現れるのをイギリスが望まないから、イギリスはドイツと組みうる…というロジックで、フランスをドイツが占領してしまえば、無効となるロジックである。

JRF2026/2/186843

そうすると、気になるのは、第二次世界大戦のイギリスの参戦とドイツによるフランスの占領の起きたタイミングである。Gemini さんによると…、

Gemini:>1939年9月3日、ドイツがポーランドに侵攻した2日後、ポーランドとの相互援助条約に基づき、イギリス(およびフランス)がドイツに宣戦布告しました。ヒトラーは、イギリスはポーランドのために戦わない(宣戦布告は形式的なものに留まる)と踏んでいましたが、イギリスはドイツの覇権拡大を食い止めるため、ついに実戦へと踏み切りました。

JRF2026/2/183627

その後数ヶ月間、西部戦線では大きな戦闘が起きない「まやかしの戦争(Phoney War)」が続きますが、海軍力による経済封鎖は即座に始まりました。

1940年5月〜6月、「まやかしの戦争」を経て、ドイツ軍はついに西方電撃戦を開始します。1940年6月14日、パリ陥落。ドイツ軍が無血開城されたパリに入城。1940年6月22日、独仏休戦協定の調印。第一次世界大戦でドイツが降伏文書に署名させられたのと同じ列車(コンピエーヌの森)で、フランスに降伏を強いるという、ヒトラーの強い「復讐心」が表れた演出でした。

JRF2026/2/187124

「まやかしの戦争」が西部戦線で起きたということはフランス自体はむしろイギリスを警戒していたとも読み取れる。ヒトラーの中では、イギリスの参戦はある種の「裏切り」だが、逆に、フランスを占領していいという合図・了解として(ヒトラーもフランスも)受け取った面もあったのだろう。

JRF2026/2/184718

……。

日本びいきの外国政治家とか話題になることもあるが…、

>イギリス人ならだれでも、政治家であれば当然ますますイギリス人であるだろうし、アメリカ人はすべてアメリカ人であり、イタリアのためでない政策を進んで行おうとするイタリア人はいないだろう。したがって、他国との同盟をその国の指導的政治家のドイツびいきの見解に基づいてうち建てることができると信じるものは、愚者か不正直な人間である。<(下巻 p.898)

知日派は親日派ではない。しかし知日派でなければ納得の上での同盟は期待できないだろう。

JRF2026/2/183709

……。

>フランスの虚栄心を述べるに際して、ショーペンハウアー(…)の寸言に勝るものはない、すなわち「アフリカにはサルがいて、ヨーロッパにはフランス人がいる」。<(続巻 p.1205)

笑。笑っちゃったじゃないか、キョーレツなエスニックジョーク。ショーペンハウアー、こんなこと言ってたのか…。

JRF2026/2/184680

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