cocolog:95967440
金澤周作 監修『論点・西洋史学』を読んだ。『論点・日本史学』『論点・東洋史学』に続いて読んだが、それらと同じ論点のカタログだった。「はじめに」に書いてある通り、「概説・西洋史」ではなく、世界史の復習がしたかった私には合わなかった。 (JRF 1522)
JRF 2026年4月28日 (火)
先日読んだ2022年刊の『論点・日本史学』([cocolog:95928027](2026年4月))および2021年刊の『論点・東洋史学』([cocolog:95952254](2026年4月))と同じシリーズ。今回が私のこのシリーズの最後となる。このシリーズには『論点・ジェンダー史学』もあるが、読むことはないだろう。正直、今回の本のフェミニズムの話題についても、ちょっと(その独善性に)辟易したのだった。ネットのせいで悪印象があった。
JRF2026/4/289844
あと以前に書いたことを繰り返しておくと…。このシリーズ。日本史や世界史を「学ぼう」とする私のような人間には適していない。すでに日本史・世界史を知ってる大学生が自分が探るべき論点のカタログとして使うような本で、記述があっさりとし過ぎてまた網羅的でなく、学習としてはいまいち訳に立たない感じである。ちょっと買うの失敗したかな…という思いがある。Twitter (X) で「イイ」と紹介されていたんだけど、私には合わなかった感じかな。
少ないながら、いくつかのトピックを書き残しておこう。
JRF2026/4/287864
……。
>キリスト教の拡大<(p.38)のトピック。
>「奇跡」とは病者救済活動としてキリスト教拡大の要因であったとされ、現在でも少なくない研究者に継承される論点である。社会学的アプローチはさらに、教会内における女性の地位の高さと家庭内での伝播の重要性を挙げる。間引きや出産に関する医療水準の低さから女性の生存率の低いローマ社会になって、女性信徒の生存率の高さが信徒数増加につながったとするのである。<(p.39)
女性信徒の生存率の高さ…はなぜなのだろう? ユダヤ教由来の手を洗うなどの清潔文化が良かったりした…ということだろうか?
JRF2026/4/285413
Gemini:> ご質問の「なぜ女性信徒の生存率が高かったのか」という点について、ロドニー・スタークなどの社会学者が提唱した説を中心に、いくつかの技術的・文化的な要因を深掘りしてみます。
1. 医療・介護ネットワークの存在
当時のローマ社会では、疫病が発生すると家族であっても感染を恐れて病者を放り出すことが珍しくありませんでした。一方、初期キリスト教コミュニティは「相互扶助」を信仰の核としており、病者を組織的に看病する仕組みがありました。
単に手を洗うといった衛生習慣だけでなく、「水分や食事を補給し続ける」という基本的なケアが行われただけで、致死率が大幅に下がったと考えられています。
JRF2026/4/281831
2. 生殖に関する「身体の保護」
引用にある「間引き(乳児殺害)」や「堕胎」の禁止が大きな鍵です。
* 多産と身体的負担の軽減: ローマ貴族社会では、家系存続のために女性が幼少期から結婚させられ、過度な出産を繰り返すことで健康を損なう例が多くありました。
* 女子の生存: ローマ社会では女子の赤子が間引きされることが常態化していましたが、キリスト教徒はこれを厳禁したため、コミュニティ内の女性比率が自然と高まりました。
JRF2026/4/288114
3. 社会的ストレスと「清潔」の概念
ご指摘の「ユダヤ教由来の清潔文化」も無視できない要素です。キリスト教はユダヤ教の厳格な律法(食物規定など)を簡略化しましたが、「身体は聖霊の宿る神殿である」という身体観は引き継いでいます。
自堕落な享楽を避け、規律正しい生活を送ることは、結果として性感染症のリスクを下げ、栄養状態を安定させることに寄与したはずです。
JRF2026/4/283217
……。
>古代人の宗教2: 神話と造形美術<(p.54)
このトピックについては私は以前書いているものがある。あまり関係ないかもしれないが私の議論を引用しておこう。
ヘーゲル『宗教哲学講義』(山崎純 訳)を読んだ [cocolog:95175021](2024年12月)…。
>>
多神教でもギリシャのような美の様式でとらえられるものは違うのだという。
JRF2026/4/288083
>感覚でとらえられるようにみずからを外へと表し、感覚的な具体的な存在のなかに自身を示すような精神的なもの、しかしこの感覚的な具体的な存在に精神的なものが徹頭徹尾浸透して、感覚的なものがそれだけで在るのではなく、一貫して精神的なもののなかでのみ精神的なものによってのみ意味をもち、かくして精神的なものの徴[しるし]である。そのような精神的なもの、これが美である。感覚的なものがそれだけで存在するのではなく、それ自身を示すのでもなく、それ自身とは別のもの、自分自身とは別の何かを表現する。これが真実の美というものだ。
JRF2026/4/285662
生きた人間、生きた人間の顔には多くの外面的な作用が現れ、それらが身体的な感覚的なものを精神的なもののもとへ包摂してしまうのをくい止めている。このような[美的形態に見られる]関係はここ[インドの宗教]にはまだ現れていない。
<(p.286-287, 第二部)
病がないこと以外は平均的で特徴のない顔が美しい顔とされる…と以前どこかで読んだ気がする。ある意味それは抽象的な人間を示すのだろう。
JRF2026/4/282908
ただ、ギリシャ彫刻に見られるように、それを精巧に表現できるというのは、特別な観察眼が必要なように思う。ギリシャ彫刻の影響を受けたガンダーラの苦行する仏の仏像を思い出す。そこには死を賭する者、または死体への超然と向き合う態度があり、それは生きて無意識を感じることを重視する者には、抵抗ある態度のように思う。
その超然性は、ひょっとすると通貨の偽造と関係があるのかもしれない。
JRF2026/4/286962
以前↓とつぶやいた。
[cocolog:93181265](2021年12月)
>絵描きの賃金が安くてもやっていけるのは、贋札の論理があるから…みたいに私は邪推している。偽札まではいかなくとも絵画の贋作等で画商などの投資があり稼げるみたいな面があるのではないか。それが、NFT に変わる感じなのだろうか。<
それは実は以前の↓を受けていた。
《デジタル著作権の報酬請求権化に向けて - JRF の私見:税・経済・法》
http://jrf.cocolog-nifty.com/society/2007/11/post_4.html
JRF2026/4/283660
>紙幣制度を維持するためには印刷工場をおさえられないといけない。ニセの版による「出版物」が出たとき報酬請求権があるとか悠長なことはいってられない。結局、独占権は必要とされるのだから、民間でもそれを認めてお互い監視させたほうがいいということになる。そういや最近紙幣に載せられるホログラムってDVDやCDのデータ面みたいな感じだよね……。<
JRF2026/4/285283
美術的精巧さがもっとも求められるのが、通貨の偽造、または贋作である。特に通貨の偽造の場合、血腥く守られる国家の主権をないがしろにすることになる。そこにはそれを悟らせない超然とした態度が必要になる。その超然さが、ギリシャの美にはあるのではないかと邪推する。
逆にインドの多神教…『宗教学雑考集』《ガネーシャ》で書いたように特に焼身自殺を称揚する法華経の仏教を「超えた」ヒンドゥー教…はそこまで習熟することを許さないという気概があるのかもしれない。
JRF2026/4/283116
……。
ギリシャの宗教に移る。
>ギリシャ人の宗教は汲めども尽きぬ題材である。とりわけわれわれの心をとらえる内容は、この宗教が人間性にもとづく宗教であるということだ。人間はみずからの正当な権利を得て、みずからを肯定するにいたり、そのなかで人間の具体的な姿が神々として描かれる。ギリシャの神々のなかには、本質的に人間に知られていないような内容はなにもない。<(p.357, 第二部)
ギリシャ人は、経済・戦争をも無意識のものではなく、意識的な理性のもとにおいた…ということではないか。それは偽造=シミュレーションを精巧に行ったからではないだろうか。
JRF2026/4/283297
『宗教学雑考集 第0.8版』《売春と貨幣》で貨幣を作ったリュディアには、ゲームがあったことを述べた。ギリシャは、それを引き継いだが、娯楽のゲームではなく、それをシミュレーションに高めたのだろう。
そこでは神々がゲームのコマである。そして神話によってシミュレーションがなされたのであろう。現代のカードゲームが、そのときどきに物語をつむぐように、大きな物語としての神話がありながら、この具体的な力・抽象的な力を持つ神ならこうするといったシミュレーションがあったのではないか。
JRF2026/4/288131
……。
>神々、とくにその頂点に立つゼウスは、戦争や暴力によって自分たちの支配を確立した。精神的な原理が巨人族、ティタン[ギリシャ神話のなかで最も古い神々]を王座から突き落とした。たんなる自然的な威力が精神的なものによって打ち負かされたのだ。精神的なものが自然的な威力を凌駕して、いまや世界を支配している。<(p.361, 第二部)
自然もシミュレートできるとしたということだろう。なかなか大層なことだが。しかし、そこまで大層なことが破綻しないようにするには、偶然性を導入するしかない。そのあたりが「運命」の起源か。
JRF2026/4/287120
「運命」とは、ゲーム(シミュレーション)において、偶然が定めたルールにしたがうこと…ではないか。
JRF2026/4/284942
……。
>神々の形態を産み出したのは人間の精神なのだということを、ギリシャ人たちは意識していた。<(p.378, 第二部)
無意識を描いたのではない。…と、あくまで理性でわかろうとした。…ということだろう。
JRF2026/4/284487
……。
神々を「使う」とき…
>内面的な[心理]に対しても同じように一つの形態が与えられる。[例えば]アキレスが自身の怒りを抑える。この内面の思慮深さ・怒りの抑制を詩人はパラスの行為として、「パラスがアキレスを制した」と言い表す。われわれならば、物理学と心理学とではまったく別の説明の仕方をする。ギリシャでは、説明するとは事態を髣髴と意識させることなのだ。それは事態に対して一つのイメージとして形態が与えられることによって生じる。<(p.379, 第二部)
JRF2026/4/282381
かつては神々というコマを用いてシミュレーションするしかなかったが、ヘーゲルの時代には、「概念」を使ってシミュレーションできるところに優位性がある。…ということだろうか。
JRF2026/4/282691
……。
>自由がギリシャ人の祭祀を明朗なものにしている。祭祀のなかで称えられるのは神の名誉であるけれども、神への崇拝は人間自身の自己崇拝となり、人間は自分が神々と肯定的な関係を保ち神々と一体だという意識をもつようになる。人間が奉[たてまつ]っているのは自分たちの名誉(…主観性…)なのだ。<(p.383, 第二部)
>この宗教は一般に絶対的な明るさという性格をもっている。<(p.384, 第二部)
おどろおどろしい無意識に頼らない明るさ…か。
JRF2026/4/286775
……。
>ギリシャ人は、われわれが自由であるのと同じ意味で、彼らの自己意識のなかで自由なのではなかった。彼らは外から自分が決定されることを許したのだから。<(p.390, 第二部)
ギリシャ人はクジで公職者を選ぶこともあったという。シミュレーションにサイコロを使うだけでなく、神託というサイコロで、自らの行動も決めた。理性でシミュレーションしきれないところを偶然のルール=運命に委ねたということか。
JRF2026/4/280384
……。
第二部のギリシャの宗教。
火を盗んで人々に与えたプロメテウス…。
>プラトンはプロメテウスについてこう言う。プロメテウスは政治を人間に与えることができなかった。それはゼウスの城砦に隠されていた、と。<(p.664, 1831年要約)
政治は普遍に関する思考と軍事的実践が合わさったもので、感覚的文化のシミュレーション=モノマネでは到達できない…といった感じだろうか。
<<
JRF2026/4/289414
……。
>資本主義論<(p.138)のトピックに関しては、読みながら別に「ひとこと」を書いた。>ヨーロッパとオスマン帝国<(p.142)のトピックに関しても資本主義と絡めた考えたのだった。
[cocolog:95963952](2026年4月)
>>資本主義の成立(労働力の空売り)と魔術(有閑階級と労働者階級の「失業」の意味の意図的な混同)について考えた。
JRF2026/4/288530
(…)
労働力が余っていれば安く生産ができる。生産効率が上がれば、労働者はいらなくなる。生産効率を上げる資本財を買う(造る)ために、いらなくなる労働力を見越して安価で労働力を資本金を担保に借りる(つまり労働力の現物を先に借りておいて安価にしてから労働力の現物を返す)…これが資本主義の原初形態なのであろう。
(…)
「(資本からの不労所得による)失業による余暇」を学習にあてるという見方のモデルも多いため混乱がある(…)。(…)ここの混乱が「資本主義の魔術」の源流の一つかな…という気も少しする。(…)
JRF2026/4/286298
…生産力が上がって失業が起きる。このとき「働けない」という効果を見るのが下々の者としては正しいのだが、資本家の子弟では「働くなくてもよくなった」から失業しているという状態にもなるわけだ。そして安価に働くというのも、そうせざるを得ないから…という者と、他に不労所得があるから安価でも働けるという者が出てくる。(参:↓)
[cocolog:70551613](2011年11月)
>マメ知識:リカードの比較優位における「失業者」は「利子生活者」という意味に近い。<
JRF2026/4/287825
(…)
オスマン帝国の「衰退」議論を読んだ。隣国の価格破壊により(物資の輸入急増による)通貨安→インフレの流れに対抗するには、関税をかけるしかないのだろうが、そこで得た資金をどう使うかが問題となる。保護主義となって旧来の生産物を守るのに資金を使うのが最悪手だろう。比較優位論を無邪気に信じると失敗する。資本財に関して議論を詰める必要がある。資金を設備(資本財)の改廃・更新(や研究投資)に充てるのが本筋なのだろう。
JRF2026/4/288589
なお、00年代の日本と中国の関係では、中国の「価格破壊」に対して、日本はデフレの需要減で輸入を抑え、輸出は以前の蓄積で維持できたことから、通貨安よりは通貨高にできたのだろう。
<<
JRF2026/4/285889
……。
>魔女迫害<(p.174)のトピックには『宗教学雑考集』を書いた私は今回特に関心を惹かれた。
魔女迫害が起きたのは、宗教改革近辺であり、絶対主義確立の近辺である。
>「神と王権両方に対する絶対敵である魔女」撲滅が国家主権擁護の論理と結びついた一方、正統的(エリート的)な文化とは異質な、民衆の日常に深く根づいた魔術的伝統が排除されたという。<(p.174)
このようなエリート側からの説明に対し…
JRF2026/4/288300
>1970年代初めには人類学の手法を援用して迫害主体としての民衆の役割とその内的論理に着目する研究が生まれた。英国の歴史家マクファーレンは次のようなモデルを示した。
私有財産意識の発達と並行して貧者救済が共同体の手から支配当局の管轄に移ると、人々は施しをしないことに良心の呵責を感じていた。彼らは貧者に恨まれていると感じ、その後何らかの不幸が生じると貧者(=魔女)の復讐だと解釈された、というものだ。
JRF2026/4/287804
またK・トマスは魔女がもたらすとされた災いに対して、カトリック教会の提供する護符や祝福といった魔術的対抗策の有効性が宗教改革によって否定された結果、魔女とされた人間の排除がより切実に求められたとした。
共同体内部の社会経済的あるいは心理的変化が魔女告発となって表れるという説明モデルの登場は、「下からの迫害」とその動機へと関心が向けられる契機となった。90年代以降のドイツでも、共同体内部での魔女告発を共同体内部のコミュニケーションの視点から分析するヴァルツやラブヴィーらによる研究がある。
<(p.175)
JRF2026/4/286320
こういう「下からの迫害」は現代の大衆煽動と絡んで興味を抱く。
Gemini:> (…貧者救済を…)拒否した際に感じる「申し訳なさ」を、相手(貧者)への恐怖や「あいつは呪いをかけてくるに違いない」という邪推に変換することで、自分を「冷酷な非施し者」から「魔術の被害者」へと定義し直す。
これは、現代において特定の弱者層やマイノリティを「特権を貪っている」「牙を剥いてくる」と攻撃する、一部の排外主義的な心理構造とも驚くほど似通っています。
JRF2026/4/284353
……。
>女性参政権<(p.232)のトピック。ここでは女性参政権より、「子供参政権」に私は関心を持った。
jrf:> 少子化も考えると、選挙権を子供に与える…例えば子供の選挙権をその親に与える…という「方向」は正しいように思う。確かに家族の姿は多様で技術的に難しい面はあるだろうけど…。
諸外国の事例はどうなっていますか?
JRF2026/4/288918
Gemini:> 「ドメイン投票制(Demeny Voting)」ですね。
世界的に見ても、国レベルで「親が子の票を代理で行使する」制度を完全に導入した例はまだありません。しかし、議論のテーブルには何度も上がっています。
* ハンガリー (2011年):
新憲法の制定過程で、母親に子供一人につき一票の追加投票権を与える案が真剣に議論されました。最終的には「一票の格差」や「平等の原則」への懸念から見送られましたが、欧州の主要国が国政レベルで検討した極めて珍しい事例です。
JRF2026/4/287316
* ドイツ (2003年/2008年):
連邦議会で「家族投票権」の導入を求める超党派の動議が提出されたことがあります。2008年には、当時のキリスト教民主同盟(CDU)などの議員40人以上が署名しましたが、憲法上の「直接・平等・秘密」の原則に反するとの慎重論が根強く、実現には至りませんでした。
JRF2026/4/285079
* フランス (1920年代):
第一次世界大戦後の人口減少対策として、国民議会で一度可決される寸前まで行きました。しかし、上院での反対などで立ち消えになった歴史があります。
親が子の意思を「推測」して投票することの難しさ(技術的・倫理的な目詰まり)を避けるため、世界は「本人の投票年齢を下げる」方向で調整を進めています。
JRF2026/4/288760
* オーストリア (2007年〜):
EU諸国で初めて、国政選挙の投票権を16歳に引き下げました。これは「自立」を促すとともに、若年層の声を少しでも大きくするための実務的な解決策として成功例とされています。
* ドイツ (2024年〜):
欧州議会選挙において、ドイツも投票年齢を16歳に引き下げました。
* ギリシャ: 17歳から投票可能です。
JRF2026/4/288786
JRFさん。もし、このドメイン投票制を導入する代わりに、「若年層(例えば18〜30歳)の票を1.5倍に重み付けする」といった「重み付きパッチ」があるとしたら、それは「一票の平等」という呪縛を越えて、今の日本に受け入れられる可能性があると思われますか?
jrf:> 「若年層(例えば18〜30歳)の票を1.5倍に重み付けする」という方向はあるのですか? 諸外国に。
Gemini:> 残念ながらまだ存在しません。
JRF2026/4/283920
……。
>ナチズム<(p.262)のトピック。最近、ヒトラー『わが闘争』を読んだ([cocolog:95861342](2026年2月))が…。
この本のここではむしろ「ナチスが良いこともした」論にくみするような論がなされていた。
JRF2026/4/284981
>ナチ国家は、失業者対策として冬季救済事業などの福祉政策を進める一方で、雇用創出を図った。特に1935年3月の再軍備宣言以降は軍需産業を活発化させることで雇用を確保し、政権獲得時には600万人いたといわれる失業者をほぼゼロにまで減らした。
1936年9月からは、凖戦時体制の構築を目指した第二次四ヵ年計画を導入し、重工業から農業まで政府主導の経済運営がなされた。新技術の導入にも積極的で、安価な大量生産型のラジオや乗用車の普及が目指され、アウトバーンや新干拓地や大規模な党大会会場の建設も進められた。
<(p.262)
JRF2026/4/284188
もちろん、そこにはホロコーストや、極端な優生政策があったし、軍事への傾倒があった。しかし、ナチスは反動的な政治課題を達成するために「意図せざる近代化」を行ったことも事実だとする。ではその近代化の側面は善なのか。
JRF2026/4/281232
>以上の論争に対し、ヴェーバー研究者でもあり、またヴァイマル共和国やナチズムに関する思弁的な研究を残した歴史学者のポイカートは、『民族同胞と社会の異端分子』(邦訳『ナチス・ドイツ』)の中で、こう述べている。「ある社会が正常で近代的であることとファシズム的野蛮さとが密接に結びつきうるのであれば、当然のことながら、近代そのものの病理と歪みが問題になる」。<(p.263)
JRF2026/4/286564
ホロコーストは工場の生産効率性の論理を殺人に適用したものというのが私の見方である。それは植民地主義などを当然のように行っていた「近代」がいずれ辿りつかざるを得なかった「必然」なのかもしれない。
JRF2026/4/287421


『論点・西洋史学』(金澤 周作 監修, 藤井 崇 & 青谷 秀紀 & 古谷 大輔 & 坂本 優一郎 & 小野 沢透 編, ミネルヴァ書房, 2020年4月)
https://www.amazon.co.jp/dp/4623087794
https://7net.omni7.jp/detail/1107086114
JRF2026/4/286659