宣伝: 『宗教学雑考集 易理・始源論・神義論』(JRF 著)
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cocolog:95952254

吉澤誠一郎 監修『論点・東洋史学』を読んだ。やはり『論点・日本史学』と同じく、すでに世界史を知ってる大学生が自分が探るべき論点のカタログとして使うような本で、世界史の復習にはあまり役立たなかった。 (JRF 6190)

JRF 2026年4月17日 (金)

『論点・東洋史学 - アジア・アフリカへの問い158』(吉澤 誠一郎 監修, 石川博樹 & 太田 淳 & 太田 信宏 & 小笠原 弘幸 &, 宮宅 潔 & 四日市 康博 編, ミネルヴァ書房, 2021年12月)
https://www.amazon.co.jp/dp/4623092178
https://7net.omni7.jp/detail/1107258482

先日読んだ2022年刊の『論点・日本史学』([cocolog:95928027](2026年4月))と同じシリーズ。

JRF2026/4/175637

私の高校時代の選択は世界史で、日本史を学びたいと思って『論点・日本史学』をまず手にとり、その後それを読む前にこの本も買っておいた。同じシリーズの『論点・西洋史学』も買ってある。

ただ、このシリーズ。日本史や世界史を「学ぼう」とする私のような人間には適していない。すでに日本史・世界史を知ってる大学生が自分が探るべき論点のカタログとして使うような本で、記述があっさりとし過ぎてまた網羅的でなく、学習としてはいまいち訳に立たない感じである。ちょっと買うの失敗したかな…という思い。Twitter (X) で「イイ」と紹介されていたんだけど、私には合わなかった感じかな。

JRF2026/4/174093

少ないながら、いくつかのトピックを書き残しておこう。

JRF2026/4/173900

……。

>アンダルス<(p.92)

イラン情勢に絡んで、イスラム教とキリスト教の対立が Twitter (X) などで話題になり、そこでイスラム教が棄教者に死を定める問題について再考した。その過程で、このスペインにおける棄教者の問題・アンダルシアの話題を読み、炎の上に立つキリスト像を結果的に Gemini さんに描いてもらうことになった。それについては↓で。

[cocolog:95944482](2026年4月)
>「棄教からの復活」または「死からの跳躍」をテーマに Gemini (Nano Banana 2)さんにキリスト像を描いてもらった。<

JRF2026/4/174468

……。

>道教と民間信仰<(p.128) に関して。

>明代中期期以後「羅教」(無為教)を先駆とし、その形式を模倣した(…)教派が登場して多くの信者を獲得した。それらは民間宗教や民間教派と総称されている。教理の内容には、儒・仏・道・民間信仰の要素が混在しており、神仏を借用したり、経典を引用することも多い。また、それぞれの教派では独自に宝巻を作成して布教に用いた。

JRF2026/4/179778

(…)

各教派ごとに教理の特色があるが、明末清初には「末世に不道徳な行いを重ねる人間が、万物を創造した無生父母や無生老母といった神のもとに回帰して一体化することで精神的・肉体的に救済される」という内容で集大成された。
<(p.129)

シンクレティズム的なのは拙著『宗教学雑考集』を思わせるし、白話(口語)などで話を作っていく方向は拙著『神々のための黙示録』を思い出す。

JRF2026/4/179196

あと、ちょっと遡るが、p.114 の科挙のある中国のエリートの特徴として、科挙から当然もれることが頻出することを考え、地域名望家の他に、宗教的慈善家になる道が示される。そうやって、科挙からもれた場合も地位を固定するのだ。それは選ばれなかった膨大なインテリ層を社会に供給することにもなる。それが、私の現状…在野で、宗教へ関心を持っていることとリンクされるようで、モヤモヤした。私の在り方はある意味「東洋の伝統」なのかもしれない…と。易への関心などからうすうす気付いてはいたが。

JRF2026/4/177270

あと、無生父母や無生老母との一体は、ヨガに近い感覚的なものだとは思うのだが、私の理論だと阿弥陀信仰の「同化」も少し近いのかな…と思う。私の阿弥陀信仰の「教学」理解に、ヨガなどは関係なかったのだが、考えてみれば、現世でそれを感覚的に習得するとなると、それは近縁にあるのかもしれない。

JRF2026/4/175523

拙著『宗教学雑考集』《阿弥陀仏と最後の審判》

「廻向」とは業報の必然を曲げることである。

「最後の審判」的なものがあり、どこかで業報は尽きるからその帳尻を合わせる何かがあるということで「廻向」が出てきたということだろうか? そうではない。

JRF2026/4/178227

「最後の審判」はむしろ業報を無限に延長する。わずかに善であれば善の無限実体になり、悪であれば悪の無限実体となる。その善の無限実体があれば、そこに集合した過去的な有限実体の罪は偶然に近いものとして無視されうる。将来において無限になった実体から、同化(に近いこと)によって有限の罪を無化する。それが「廻向」ということなのだろう。

JRF2026/4/176424

……。

>航海をめぐる信仰<(p.138)では媽祖[まそ]信仰と観音信仰の合流が説かれる。

>なお、観音信仰はもちろんインドで生みだされた仏教の尊格の一つであり、中国の民間信仰・道教系の媽祖とはその出自を大きく異にしている。にもかかわらず、宋代以降の近世中国では、本来性別を超越している観音菩薩が女性とみなされるようになり、上述のように同時期以降に信仰が拡大していく媽祖と、「女性」「航海守護」という2つの属性を中心に次第に習合していった。<(p.138)

JRF2026/4/175965

拙著『宗教学雑考集』では《祈り》と《「ありがとう」》という続く二つの節で観音菩薩に言及している。

観音菩薩は「男性だ」と、原典主義が強い現代にはよく言われるが、ここでは性別を超越している、または、女性となっているようだ。

(ここは、西洋ではマリア信仰やイシス信仰にもつながる話だ。)

JRF2026/4/176424

……。

>アパルトヘイト<(p.304) の項目で…。

>1970年代になると、欧米の歴史学の新しい潮流やネオマルクス主義の理論を学んだ若い世代の歴史家たちが、「人種」の根底にある「階級」に着目することの重要性を指摘してリベラル史学を批判した始めた。「修正主義」あるいは「ラディカル史学」といわれるこの立場によれば、19世紀末の鉱山革命により経済の中心となった金鉱業で極度に低賃金の労働力が大量に必要とされるという固有の事情が、アフリカ人を自給ラインぎりぎりの居留地(「ホームランド」)に隔離しつつ鉱山への出稼ぎを強いるシステムを生み出した。<(p.304)

JRF2026/4/171550

経済の必要としての差別…。

日本でもコンビニなどでの外国人労働問題…とかは言われる。彼らは高度人材だが、それはどう「供給」されているのか…とまで考えると問題がかなりある。国境を越えた年金制度など、社会保障などがちゃんと確立されているのを願うばかりだ。

生活保護の窓口での「水際作戦」もまぁ、この文脈にあるのかな…と思う。円安で海外人材が不足して、それが増えないか心配だ。

海外での年金については↓などで言及している。

JRF2026/4/178877

[cocolog:91743489](2020年3月)
>私は左派のつもりだが、けっこう右派的なこともいうので、その文脈と受けとられかねないが、国際的「地方」の重視、移民については、外国人は帰ったりする金がいる分、給料を多めにもらうべきだ…として、いろいろな職業への移民は認めるが、奴隷のように扱う移民はやめろ…と実質、移民の制限も主張する。

JRF2026/4/176611

移民については日本への定着よりも、むしろ、原地とのつながりがあり、帰れることがよいこととし、外国語教育(遠隔教育?)の必要性も訴えたい。その教育への配慮が(経済的に)できないなら、そもそも受け容れるべきではない…と。これは東アジアから来た人でも話は同じ。

安く使えるから…というのはナシ。むしろ、日本の労働者との交換で、(生活費保証)年金を国際的に平準化するとかのほうを目指すべきだと思う。

JRF2026/4/173368

keyword: 年金

あと、↑に書いた教育の配慮については最近↓と書いた。

>>
○ 2026-04-11T12:25:31Z

JRF2026/4/177966

移民など外国人の子供の教育について、日本語・文化教育の他に母国語・文化の教育もなすべき(でそういうのを整わせてから受けいれるべき)だ。…と前に論じたのだけど、ただ、子供の負担を考えると難しいのもわかる。母国語・文化の教育をどういう「学校の時間割り」の中でやるのか。科目としてやると、その分子供にとって大事な遊ぶ時間が失われる。部活も他の部活ができなくなる。結局選択科目・部活として用意して自由意志でそれを選ぶという体裁にせざるを得ないのではないか。

JRF2026/4/176950

すると、選択である以上、母国語・文化と離れた人材も作ることになるわけで、でも、それは禍根を残すことになる気がする。いい方法が思い付かない。

ChatGPT さんの意見は↓。

https://chatgpt.com/share/69da3dac-76fc-83e8-988a-be3130ce6db0
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JRF2026/4/175414

……。

>インド社会とジェンダー<(p.316)という項目で…。

>19世紀末、イギリスで廃娼運動が始まると、特殊インド的な売春ルートとして、少女をヒンドゥー寺院に奉納する慣習が非難の対象となった。奉納された少女は神と婚姻したとみなされ、寡婦にならない「吉」なる存在とされた。彼女たちはデーヴァダーシー(神に仕える女)と総称され、しばしば寺院や宴席で音楽舞踊を披露し、人間の男性とは婚姻を介さずに性関係を結び、財産を相続した。

JRF2026/4/178493

貞女の理想から逸脱したデーヴァダーシーは「娼婦」、その慣習は「売春」、養子縁組は「人身売買」であるとして改革と立法化が推進された。
<(p.317)

聖書でも批判される「神殿売春」。インドにはかなり近代まであったんだね。

JRF2026/4/178862

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